前立腺とは、男性だけが持っている臓器で膀胱のすぐ下にあり、尿道を取り囲むように位置しています。クルミのような大きさをしており、精液の一部である前立腺液をつくり精子の運動機能を助ける働きをしています。
この前立腺から発生したがんを前立腺がんといいます。アメリカでは10年以上も前から男性のがんの中で罹患率が最も高くなっており、日本でも近年罹患率が急増しています。
前立腺がんは一般に進行が穏やかで、比較的おとなしいがんと考えられています。しかしながら、初期には症状が少なく発見が遅れがちで、早期発見のためにはPSA検査が重要となります。
PSA検査とは、前立腺がんを発見するための血液検査で、PSA値が高いほど前立腺がんが疑われます。PSAとは、前立腺に特異的なたんぱく質の一種で、健康な人の血液中にも存在します。しかし、前立腺の病気になると血液中に流出し、PSAが増加するため、前立腺がんの可能性を調べるとともに、早期発見の指標として用いられています。
なお、前立腺肥大症とは全く異なる病気です。前立腺肥大症が将来的に前立腺がんに変化することはありませんが、前立腺肥大症と前立腺がんの両方がそれぞれ存在することはよくあります。
初期の場合はほとんど症状がなく、PSA検査により発見される人がほとんどです。 なお前立腺がんが進行すると
などの症状があらわれます。さらに進行し骨に転移すると
などの転移した部分に関連する症状があらわれます。
前立腺がんを発見するためにはいくつかの検査が必要ですが、血液検査によって血液中のPSA値を測定することで、もっとも簡単にがんの有無の判定を行うことができます。
PSA値の基準は4ng/ml以下とされており、4ng/mlをこえると前立腺がんの可能性があります。前立腺がん以外でも前立腺の炎症や前立腺肥大症でも高くなることがあり、PSAが4ng/ml以上だからといって必ずがんであるわけではありません。
50歳代の方の場合、身内に前立腺がんの方がいる場合、PSA値が徐々に上昇してきている場合などでは、4ng/ml以下でも精密検査(前立腺生検)をすすめることもあります。逆に、80歳以上の方の場合、PSAが10ng/ml 以上になるまで様子を見る場合もあります。
医師が肛門から指を入れ、直腸の壁越しに前立腺を触れて診察します。前立腺の大きさや硬さ、表面の性状から前立腺がんの可能性を探ります。
超音波を出すプローブを肛門から挿入し、直腸壁越しに前立腺の状態を観察します。精密検査(前立腺生検)を行う時に合わせて行います。
前立腺の内部はX線では評価できないため、MRI検査をすることによってがんの有無、広がりなどを調べます。
上記の検査にて前立腺がんが疑われる場合、前立腺生検を行います。
超音波を出すプローブを肛門から挿入し、直腸壁越しに前立腺の状態を観察しながら、直径1.8mmの針を前立腺に向かって通常10~14カ所刺し前立腺の組織を採取します。1泊2日の入院で行っていますが、実際の検査に要する時間は1時間くらいです。できるだけ痛くないように麻酔をかけて行います。なお、当院ではMRI画像で前立腺癌を疑う所見がある場合、その画像を経直腸的超音波画像と融合することで、より精密に狙った部位へ針を穿刺する機械(KOELIS TRINITY)を導入しています。
詳しくはこちらをご覧下さい。
生検の結果は、2週間程度で判明します。その結果については退院後、外来再診時に担当医から説明があります。
生検の結果で悪性所見が認められなかった場合は、ほぼ大丈夫と判断されますが、たまたま、大きさが小さく針が腫瘍にあたらなかった場合もあるため、定期的(3ヶ月から1年ごと)に血液検査を受けられることをお勧めします。その後もやはり腫瘍が疑わしい場合、再度生検を行う場合があります。
前立腺生検の結果、前立腺がんと診断された場合は、転移の有無を調べます。前立腺がんが進行した場合には骨に転移することが多く、一般のがんのような肺転移は比較的まれであるため、CTの他に骨シンチグラフィーなどの画像検査を行います。転移の有無によって治療方法 が全く異なるため、がんの広がりを調べるこれらの検査は非常に大事です。
前立腺がんの広がりは以下のように分類されます。(病期分類)
病期A | 前立腺肥大症の手術をうけて始めてがんであることがわかった場合が病期Aとなります。そのため、通常の前立腺生検でがんと診断された方は病期Aには含まれません。 |
---|---|
病期B | 前立腺がんが前立腺内にとどまっている場合。(限局がん) |
病期C | 転移はないが、前立腺がんが前立腺内にとどまらず、前立腺の外にひろがっている場合。(局所進行がん) |
病期D | リンパ節や他臓器に転移がある場合。(転移がん) |
病期分類に応じた治療方法が選択されます。
原則的には下記の表にのっとって治療方針を決定します。
病期
限局がん (病期A,B) | 局所進行がん (病期C) | 転移がん (病期D) | |
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治療法 | 手術療法 放射線療法 内分泌療法 無治療経過観察 |
内分泌療法 放射線療法 手術療法 |
内分泌療法 |
しかしながら、PSA値、針生検から判断されるがんの悪性度(病理所見:グリソンスコア)、年齢、全身の状態、患者さんの希望も考慮したうえで治療方針を決定します。
鳥取大学附属病院における前立腺がんに対する手術は、おなかを切って行う「小切開根治的前立腺全摘除術」と5mmから1cm程度の穴を開けてロボットによる内視鏡操作で前立腺を摘出する「ロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術」の2つの方法があります。当院ではより低侵襲な 「ロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術」を2010年から開始しており、最近ではほぼすべての症例でロボット手術を選択しています。ロボット手術のほうが、術野がよく見え、出血も少なく、また傷も小さいため、術後の回復が早く、小切開手術よりも患者さんの負担が少ない手術と考えています。詳細についてはロボット支援前立腺全摘除術の頁を参照してください。尚、2012年4月より「ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術」は保険適応となりました。
75歳以上の高齢の方は手術に対する危険因子が高く、一般的には手術適応ではないと考えられており、その他の治療を選択する場合があります。また、基礎疾患のため手術を行うことが非常に危険であると考えられる方に関しても手術以外の治療を選択することがあります。
[手術の合併症]
鳥取大学病院では放射線治療科の医師と連携し放射線療法を行っています。
前立腺がんは男性ホルモンの影響を受けて大きくなる性質をもっています。そのため、体内の男性ホルモンを低下させたり、その作用を抑制することで、がんの増殖をおさえようとする治療方法が内分泌治療です。
具体的には、男性 ホルモンを作る臓器である左右の精巣を手術で取り除く方法や、精巣からの男性ホルモンの分泌を低下させる注射薬のLHRHアゴニストやアンタゴニスト(一般的には1か月毎あるいは3ヵ月毎、6ヶ月毎)、 男性ホルモンの作用を阻害する内服薬である抗アンドロゲン薬が主に使用され、しばしば同時に用いられます。
内分泌療法は前立腺がんの病期にかかわらず、すべての患者さんが対象になり、手術療法や放射線療法と組み合わせて用いられることもあります。
これら内分泌療法により、それまでの症状が劇的に改善することがあります。一般的に、約95%の方には何らかの効果が期待できますが、時間が経つにつれその効果が弱くなるという問題点があります。そのため、内分泌療法は、がんを治す治療法というよりはがんの増殖を抑える治療法といえます。
内分泌療法を長期に続けると、前立腺がん細胞が変化し内分泌療法が効かなくなってきます。この状態を再燃前立腺がんといいます。前立腺がんが再燃前立腺がんになった場合には悪性度が高くなり治療が困難となります。このような場合、新規アンドロゲン受容体阻害薬であるイクスタンジやアパルタミド、ダロルタミド、新アンドロゲン合成阻害薬であるザイティガ、タキサン系抗癌剤であるドセタキセル、カバジタキセル、PARP阻害薬であるオラパリブなどの使用を検討します。また、これらの新規薬剤は、場合によっては再燃前の段階で使用することもあります。これらの抗がん剤は相応の副作用を伴うため、患者さんの状態を考慮してよく相談したうえで使用するか判断しています。