井上雅彦先生
臨床心理学 教授
井上雅彦
鳥取大学 大学院医学系研究科
臨床心理学専攻 臨床心理学講座 教授
研究内容
- 臨床心理学
- 応用行動分析学
- 認知行動療法
- 自閉症スペクトラム・発達障害に関する心理社会的アプローチ
近年、発達障がいのある子どもが増加傾向にある中で、本学の大学院医学系研究科の臨床心理相談センター主任でカウンセラーでもある井上教授に発達障がいの実態や支援について話を聞いてみた。
発達障がいとは?
発達障がいとは、自閉症スペクトラム、AD/HD、学習障がいなど、脳機能の発達に関係する障害である。対人関係の中での感情や文脈の読み取りの読み取りが困難、特定のものや事象への過度な執着やこだわり、聴覚や接触刺激に対する過度な過敏性や鈍麻、多動性や衝動性、注意の集中困難、読み書き困難、などがその特性である。運動にも言葉の発達にも大きな遅れはないために他者からわかりにくいことが特徴である。そのため、親の「しつけが悪い」とか本人の「努力不足」と誤解されることも多く、その困難さ以上に親も本人も心が傷ついてしまうことも多い。
発達障がいのある子どもの増加
全国の小中学校の子どもを対象のスクリーニングテストの結果、通常学級に在籍する子どもの約6.5%の子どもが学習面や行動面の大きな困難を抱えていることがわかってきている。1クラスに2人の割合だ。これにともなって発達障がいの診断のある子どもも増えてきており、現在、鳥取県でも小・中学生で約2,000名にものぼる。医学的な原因は解明されていないが、早期からその子どもの特性に合わせた子育てと教育環境の整備を進めることで、適応が改善されることがわかってきている。発達障がいの特性は成長の中で、虐待、いじめ、不登校、引きこもり、様々な精神疾患に対する関連性が指摘されており、早期からの「気づき」と「支援」が重要である。
各専門分野における連携と心理社会的アプローチの必要性
医学、教育、福祉そして心理面からのアプローチが重要である。本学は、日本で唯一医学部の大学院にある臨床心理学の専攻であり、附属病院と密接に展開している。また、早期のスクリーニングから診断、支援に繋げるため、本講座を含めた医療機関や診療科の先生方との連携は欠かせない。
また、発達障がいは、現在の医学では完全に治療することは難しいが、本人の特性理解に基づいた子育て環境、教育環境の整備をベースにし、認知行動療法などの心理社会的アプローチと適切な薬物療法の組み合わせにより、その困難を軽減し、本人の持つ「強み」を引き出すことで、社会の中で活躍していくことができる。
発達障がいを支援するためには心理学だけではなく、医療、教育、福祉という幅広い学際領域の知識が必要で、心理学をベースとして、臨床や研究も自然と幅広いものになっている。
本人に寄り添う
一番困難を感じているのは本人である。子どもから大人まで一人ひとりの悩みは異なり、それに向き合うペースも違う。特に子どもの場合は自分がつらく感じていることに向き合うことが困難だったり、話ができるようになるまでに長い時間がかかる場合もある。
本学の臨床心理相談センターでは、発達障がいだけでなく、子どもから大人まで多くの心理相談を行っている。発達障がいに限らず、本人とのカウンセリングの中では、自分の「弱み」に気づくことだけではなく、自分の「強み」に気づくことで、「弱み」に正しく向き合えるようになることが重要であると考える。
例えば、私たちの持っている個性は
- 「周囲のことを考えずに突っ走ってしまう」→「すばらしい行動力!」
- 「考えすぎて決断できない」→「思慮深く物事を深く考えることができる!」
- 「物事にこだわってしまう」→「すごい粘り強さと集中力!」
「周囲から叱られ、傷つけられ、失敗体験が重なった場合、自分自身を悪い方からしか考えられなくなってしまうことがあります。"困った点や苦手なことの中には、とってもすばらしい宝物が眠っている"ということに気づき、どのように強みを生かしていくかという相談に発展していけることが目標です。」と井上教授は話す。
親や家族に寄り添う
発達障がいの支援については、子どもが育つ家庭、つまり親に対する支援は欠かせない。親に対するカウンセリングだけではなく、最近では"親による親のためのカウンセリング"としてペアレント・メンターの養成を始めている。
ペアレント・メンターによる支援では、発達障がいの子どもを持つ親がカウンセリングやソーシャルワークの訓練を受けて、後輩の親のために心理的な寄り添いや地域の情報提供ができる仕組みである。
メンターは発達障がいの子育ての経験から得た知識や地域の情報をユーザー視点から提供できるだけでなく、専門家には真似のできない高い共感性を持っている。鳥取県では医療機関や行政の協力もあって日本でトップレベルのメンター活動が行われるようになった。
受験生へのメッセージ
井上教授は、社会貢献活動として特定非営利法人日本ペアレントメンター研究会の理事長も務めており、活動は日本全国から世界に向きつつある。
そんな井上教授から、受験生へのメッセージがある。
「臨床心理学はヒューマンサービスの科学として医療をはじめ、教育・福祉・産業・司法などとの密接なつながりの中で発展してきています。臨床心理学には多くの専門分野がありますが、私の専門である認知行動療法や応用行動分析学は、うつやさまざまな不安障害、恐怖症、発達障害などの心理メカニズムを科学的に解明し、効果的な技法開発を研究する新しい学問分野です。本学の臨床心理学講座は、大学院医学系研究科修士課程ですので大学を終えられてからの入学となりますが、学内・学外を問わず、多くのやる気のある学生諸君に米子に来て共に学んでいただきたいと思っています。また我々講座スタッフは医学部の心理学関係の学部講義も担当しています。医学部他学部問わず興味を持たれた方はぜひ研究室の門をたたいてください。」