増本年男先生

健康政策医学 助教

トップ > 研究情報 > この人に注目! 【切り取り】キャンパスライフ18号ほか 増本先生
鳥取大学 医学部 医学科
社会医学講座 健康政策医学分野 助教

 

研究内容

  • 環境要因の子どもの発達に与える影響
  • オキシトシンと子どもの精神発達「認知症の予防に関する研究」

「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」

【背景】

 子どもの健康は遺伝子などの先天的な異常だけでなく、様々な環境から影響を受けています。動物実験であれば、各要因を個体の間で固定し、特定の要因があるかないかで病気の発生がどれだけ変わるかを調べることができます。しかし、北海道と沖縄で気候が全く異なるように、実際に生きている人間のとりまく環境は各個人によってさまざまであり、病気に関わる要因を調べことは非常に困難になります。そこで、我々疫学者達はどの要因が健康に影響を与えるかどうかを調べるために、コホート研究という手法を用います。コホート研究とは、同一の属性を持つ集団で曝露要因によって分け、さらに影響を与える他の要因を考慮して影響を評価する手法です(図1)。 

この人に注目 増本先生01

【エコチル調査とは】

 我々は、環境が子どもの健康にどういった影響を与えるのかを評価するために、環境省と協力をして子どもの健康と環境に関する全国調査(通称:エコチル調査)を行っています。
 エコチル調査は、2011年から2032年にまで続く大規模出生コホート調査です。全国で約10万組の親子に協力してもらい、質問表の回答、生体資料の収集、医学的検査、環境調査などを行なっております。鳥取大学は、中国地方で唯一エコチル調査に参画しており、米子市周辺にお住まいの約3000組の親子に協力してもらって、データを収集しています。

【追加調査】

 エコチル調査は全国で行う調査だけでなく、研究者が独自に考えて行う追加調査と呼ばれる研究があります。我々は追加調査としてオキシトシンと養育行動、子どもの発達について調べています。オキシトシンは末梢および中枢で働くホルモンであり、出産や授乳に関わることが知られています。近年、それらの機能に加えて動物実験にて中枢神経系で養育行動に関わることが示唆されました。しかしながら、ヒトで本当に関わるかどうかは不明です。そこで、我々はエコチル調査の追加調査として、鳥取県内の妊婦を対象にオキシトシンと養育行動の関係について調べました。

【追加調査:結果】

 妊娠中および産後のオキシトシン濃度について測定した結果、妊娠が経過するに従って血中オキシトシン濃度が増加することがわかりました(図2A)。続いて、オキシトシンを養育行動について調べるために、「養育行動を楽しんで行なっているかどうか」で「楽しんでいる群」と「楽しんでいない群」の2グループに分け、妊娠前期、妊娠中後期、出産直後の平均オキシトシン濃度を調べました。その結果、妊娠中後期および出産直後で育児を楽しむ母親では楽しんでいない母親と比べて平均オキシトシン濃度が高いことが分かりました(図2B)。

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 さらに、他の要因を調整しても、出産時のオキシトシンが高いと育児を楽しまなくなるリスクが低下することがわかりました。そしてその影響がどこまで続くのか調べるために、出産一年後の質問表から子どもへの愛情欠如指数と子どもに対する怒り指数を計算しました。オキシトシン濃度を低・中・高に分けて平均指数を計算したところ、オキシトシン濃度が高いほど子どもへの愛情欠如指数が低下する(=愛情が多くなる)ことがわかりました(図3)。

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 以上の結果より、ヒトでもオキシトシンが養育行動に関わることが示唆されました。 

今後の展望

 本調査から、オキシトシンが子どもの養育環境に影響を与える事がわかってきました。さらに、出産直後のオキシトシンが出産一年後まで影響を及ぼすことが分かりました。これらのことから、虐待予防のためにオキシトシンを測定するや、補充すると言った対策が考えられます。
 また、エコチル調査は現在も調査が続いている研究です。発達障害やアレルギーなど、数多くの子どもに関わる病気がどのような環境要因によってもたらされるのかわかってくると思われます。今後の研究の発展にご期待ください。

受験生へのメッセージ

 皆さんは、公衆衛生学という分野をご存知でしょうか。公衆衛生とは、「共同社会の組織的な努力を通じて,疾病を予防し,寿命を延長し,身体的・精神的健康と能率の増進をはかる科学・技術」であり、公衆衛生学はその科学・技術を研究する学問です。
 ヒトは様々な環境の中で生き、その影響を受けて生きていることから、公衆衛生を向上させていくためには、疾病に関わる医学的な知識だけでなく、環境、心理、政治などの幅広い知識と人材が必要です。入学される皆さんと一緒に研究できることを心待ちにしています。