竹田伸也先生

臨床心理学 准教授

 竹田先生

竹田 伸也

鳥取大学大学院医学系研究科
臨床心理学専攻 臨床心理学講座 准教授

研究内容

臨床心理学をベースとして次のテーマに取り組んでいます。
・「強靭で持続可能な相互扶助の仕組み」
・「心の免疫力を高めるストレスマネジメント・プログラム」
・「認知症の早期発見・予防とより良い対応を可能にする仕組み」

 

誰もが暮らしやすい社会とは

 現在、いくつかの課題に挑戦していますが、今回はその中でも「自他尊重の心に関する研究」についてお話したいと思います。厚生労働省は、これからの日本の目指すべき方向として、「地域共生社会」の実現を掲げています(平成29年2月7日厚生労働省「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部決定)。これは、誰もが安心して地域で暮らしていくには、他人の抱える問題を「我が事」と考えて、地域住民で「丸ごと」支え合っていこうという意味として理解することができます。その趣旨は心より賛同できますが、一方でこの先少子高齢化の進展に伴い、社会保障に充てる財源が厳しくなるので、公的な支援だけでなく、住民同士の私的な支援で対応できるところはお願いしますという意図もあるように思います。
 実際、私もこれまでの研究では、認知症の早期発見を可能にする神経心理検査の開発や、「専門家がいなくても、お金をかけなくても、みんなで楽しみながら一緒に元気になる」という合言葉のもと、地域住民が主体となって進める認知症予防教室プログラムの開発を進めてきました。これらは、所得格差に寄らず、誰もが健康で安心して暮らせるための仕組みにつながることを意図して行われました。
 こうした研究をすすめながら、ふと思ったのです。「人々がどのような状態であっても、誰もが暮らしやすい社会が実現したらどんなに素敵だろう」と。これは、厚労省の「地域共生社会」の理念とも重なります。ここで、「誰もが暮らしやすい社会ってどんな社会なの?」という疑問が浮かびます。あなたは、この問いに対してどんな答えを導きますか?私が出した答えは、「支えが必要な人がいれば、できる範囲でチカラを届けよう」と思える人が多い地域を作り出すことでした。

 

自他尊重の心に基づく人の輪を拡げる

 そのために、まず私が実践したことは次の二つです。
 一つ目は、「自他尊重の心を育むコミュニケーション力」を育てる授業プログラムの開発です。自分のことを差し置いて、他人のことを考えてあげる人のことを、「自己犠牲」と言います。美しさを感じる自己犠牲ですが、自分をないがしろにする活動は長続きしません。反対に、他人を差し置いて自分さえ良ければよいという「自己中心」も、そんな人の多い世の中はギスギスして生きづらいでしょう。自分も他人も大切にする「自他尊重」の心に基づくコミュニケーション力を養うと、きっと「支えが必要な人がいれば、できる範囲でチカラを届けよう」という人の輪は拡がります。そのために、私は仲間と一緒に認知行動療法を応用した小・中学校で行う授業プログラムを開発しました。子どもを対象とした理由は、世の中に対する構えが柔軟な子どもの頃からだと、そうしたコミュニケーション力をうまく育てられるのではと考えたからです。このプログラムは、『クラスで使える!アサーション授業プログラム‐自分にも相手にもやさしくなれるコミュニケーション力を高めよう』というCD-ROM付きの書籍として、遠見書房から上梓しました。

竹田先生図1

 竹田先生図2 

 二つ目は、「対人援助の作法」を身につける社会人教育プログラムの開発です。「支えが必要な人がいれば、できる範囲でチカラを届けよう」と思える人が社会に増え、そうした人の届けるサポートがより力を帯びるには、人を支えるための所作、つまり“対人援助の作法”のようなものを多くの人が身につける必要があります。ところが、対人援助の作法がどのような態度やスキルによって構成されるものなのか、また対人援助の作法を多くの人が習得するための教育プログラムについては、これまで検討されていませんでした。そこで、鳥取県の官民共同の支援者の集まりである「地域で支える仕組み研究会」の仲間とともに、対人援助に通底する作法とは何かを探索的に見出し、その作法に基づいたテキストを作成するというチャレンジを行いました。この活動は、『対人援助の作法‐誰かの力になりたいあなたに必要なコミュニケーションスキル』(中央法規)という書籍として結実し、鳥取県下の対人援助職を始めとする社会人を対象とした研修が展開されています。また、第12回鳥取県福祉研究学会でこの時の活動が認められ、「学会奨励賞」をいただきました。

今後の展望

 私たちの次の射程は、これらのプログラムを全国に展開し、「自他尊重の心」に基づく人々の輪を拡げるための仕組みを作り出すことに移っています。とはいえ、それは決して大風呂敷を拡げるような試みではなく、職場単位、教室単位、自治会などの地域単位など、人々の身近なコミュニティで無理なく展開できるような仕組みを考えています。
 世の中がこの先どのように進んでいくか見通せない時代だからこそ、不安をかきたてる暗たんとした予想が立ちやすい時代だからこそ、「支えが必要な人がいれば、できる範囲でチカラを届けよう」と思える人の輪が求められます。私たちは、誰もが弱さを抱えています。弱さを抱えた同胞として、お互いを認め、支え合う。それこそが、価値観の異なる人々が、なんとか共に暮らしていく地域共生社会の前進につながると信じています。 

受験生へのメッセージ

 鳥取大学大学院医学系研究科臨床心理学専攻では、従来の臨床心理士の養成に加え、2018年度から公認心理師の養成も開始しました。公認心理師は、わが国初の心理職の国家資格です。鳥取大学では、2008年に全国で初めて医学部に心理職を養成する大学院コースができました。だからこその、質の高い実習と教育プログラムを設けています。
 私が臨床研究者として最も大切にしたい価値は、“生きづらさを抱えた人が、生まれてきてよかったと思える社会の実現”です。心理職として、そうした世の中に向かってともにチャレンジしたい有志の皆さん、ぜひ私たちの専攻に来てください。あなたの情熱を、社会で役立つ真の支援者として形にする用意をして待っています。