子どもが飲みやすい薬の開発へ 「甘味」の情報を活用し、医薬品の「苦味」を予測するAIを開発
概要
このたび、鳥取大学医学部生体制御学講座の岩田浩明教授は、化合物の分子構造から医薬品の「苦味」を予測する新たなAIモデルを開発しましたのでお知らせいたします。
「薬が苦くて飲めない」「口に入れた途端に吐き出してしまう」という苦味の問題は、特に小児医療において薬を適切に飲み続けるうえで、大きな課題となっています。現在は、薬を飲みやすくするためにコーティングや甘味料の添加などさまざまな工夫が行われていますが、こうした苦味対策は、薬の候補となる成分がある程度決まった後に検討されることが多く、製造工程の複雑化や開発コストの増加にもつながる場合があります。
そこで本研究では、医薬品開発の早い段階で苦味の可能性を予測することを目指し、化合物の分子構造から「苦味」を予測するAIモデルを開発しました。今回の大きな特徴は、苦味だけでなく「甘味」の情報も同時に学習させる「マルチタスク学習」を取り入れたことです。その結果、苦味のみを学習する従来型のAIよりも、苦味の予測性能が向上しました。
さらに、AI の学習に使用していない小児用経口医薬品185化合物を用いて検証したところ、既に苦味が報告されている157化合物のうち139化合物を正しく検出し、約89%の検出率を示しました。
本技術により、医薬品開発の早い段階で「苦くて子どもが飲みにくい可能性」のある候補化合物を見つけることで、苦味への対策を早期に検討できるようになり、将来的には、より飲みやすい小児用医薬品の開発につながることが期待されます。
なお、本研究成果は2026年7月19日に学術誌「European Journal of Pharmaceutical Sciences」でオンライン公開されています。
本研究のポイント
- 私たちの調査した範囲では世界初となる、苦味予測と甘味予測を組み合わせたマルチタスク型AIを開発し、小児用経口医薬品を用いた外部検証まで実施しました。
- 化合物の分子構造を直接学習するグラフニューラルネットワーク(GNN)に、甘味予測を補助課題として加えることで、苦味だけを学習する従来型モデルよりも予測性能が向上しました。
- 学習に使用していない小児用経口医薬品185化合物で検証した結果、既報で苦味が報告されていた157化合物のうち139化合物を正しく検出しました。
- 本技術により、医薬品開発の早い段階で「苦くて子どもが飲みにくい可能性」のある候補化合物を見つけ、より飲みやすい薬の開発につなげられることが期待されます。
背景
「薬が苦くて飲めない」「口に入れた途端に吐き出してしまう」。このような問題は、特に小児医療で大きな課題です。薬を適切に飲み続けられないと、期待される治療効果が得られなかったり、治療が途中で中断されたりする可能性があります。医薬品の苦味は単なる好き嫌いではなく、薬の受け入れやすさや服薬の継続に関 わる重要な要因です。
現在、苦い薬を飲みやすくするために、錠剤をコーティングする、薬をカプセルに封じ込める、甘味料や香料を加えるなど、さまざまな「苦味を隠す技術」が用いられています。しかし、こうした工夫は、候補となる薬の成分がある程度決まった後の製剤開発段階で検討されることが多く、製造工程の複雑化や開発コストの増加につながる場合があります。
そこで、薬の候補となる化合物を選ぶ早い段階で、その化合物が苦い可能性を予測できれば、苦味リスクの低い化合物を優先したり、苦味対策が必要な化合物をあらかじめ把握したりできます。これは、開発の効率化だけでなく、子どもをはじめとする患者にとって「飲みやすい薬」を設計するうえでも重要です。
研究グループはこれまでに、GNNを用いて分子構造から苦味と甘味を予測し、AI が分子のどの部分に注目したかを可視化する味覚予測モデルを開発してきました。前回の研究は、苦味・甘味を予測するAI技術の構築と、その判断根拠の解釈を主な目的としていました。
今回の研究では、そこからさらに一歩進み、医薬品の苦味予測を主目的とし、甘味予測を補助情報として同時に学習させることで苦味予測を高性能化しました。さらに、小児用経口医薬品を用いて、実際の医薬品に近い条件で有用性を検証しました。
研究成果の内容
1. 分子構造から医薬品の苦味を予測するAIを開発
本研究では、化合物の分子構造を「原子を点、原子同士の結合を線」とするグラフとして表現し、その特徴を学習するグラフニューラルネットワーク(GNN)を用いました。
一般的なAIでは、研究者があらかじめ分子量や疎水性などの特徴を選び、それらを数値として入力する方法があります。これに対して GNN は、分子構造を直接読み込み、苦味の予測に必要な特徴をAI自身が学習できます。
2. 「甘味」の情報を利用して「苦味」の予測を向上
今回の最大の特色は、苦味だけを単独で予測するのではなく、苦味予測を主課題、甘味予測を補助課題として同時に学習させたことです。この方法は「マルチタスク学習」と呼ばれます。
苦味と甘味は異なる味覚ですが、分子の大きさ、疎水性、芳香環、官能基など、一部の化学的特徴を共有している可能性があります。そこで、甘味に関する情報も学習させることで、AIが味覚に関係する分子特徴をより安定して捉えられるのではないかと考えました。
解析の結果、マルチタスク型モデルは、苦味だけを学習した単一タスク型モデルを、評価に用いたすべてのデータ分割で上回りました。甘味情報を補助的に活用することで、苦味予測の性能が安定して向上することが示されました。
3. 小児用経口医薬品185化合物で外部検証
AIモデルの性能を確認するため、モデル開発に使っていない小児用経口医薬品のデータを用いて外部検証を行いました。学習データと重複する化合物を除外した結果、185化合物が検証対象となりました。
このうち、過去の文献で苦味が報告されていた157化合物に対して、AIは139化合物を苦味ありと正しく判定しました。感度は0.8854、適合率は0.9026、F1スコアは0.8939、平均適合率は0.9339でした。
これは、本AIが既知の苦い小児用医薬品の約89%を検出できたことを示しています。したがって、本モデルは、「苦味の可能性がある薬を見逃しにくくする」高感度のスクリーニング技術として活用できる可能性があります。
ただし、外部検証データのうち「苦味の報告がない」化合物は、「苦くないことが実験的に確認された化合物」ではありません。そのため、本研究は、薬の苦味を最終的に断定する検査ではなく、苦味リスクのある候補を早い段階で拾い上げるためのAI支援技術として位置づけられます。
4. 苦味は単純な「似た構造」だけでは説明できない
研究グループは、化合物の構造的な類似性を二次元上に配置する解析も行いました。しかし、苦味を持つ化合物と持たない化合物は明確なグループに分かれず、互いに複雑に入り混じっていました。
この結果は、「この形の分子なら苦い」といった単純なルールだけでは、医薬品の苦味を十分に説明できないことを示しています。GNNが分子構造に含まれる複数の特徴と、それらの複雑な組み合わせを学習したことが、高い予測性能につながったと考えられます。

本研究の特色
本研究は、私たちの調査した範囲では、苦味予測に甘味予測を組み合わせたマルチタスク学習を導入し、さらに小児用経口医薬品を用いた独立した外部検証まで実施した世界初の研究です。
従来の研究では、苦味や甘味を予測するAIモデルの開発が主な目的でした。これに対して本研究は、単に味覚を当てるだけではなく、子どもが薬を飲みにくくなる原因の一つである苦味を、医薬品開発の早い段階で見つけることを目指しています。
開発したAIは、苦味が報告されている小児用医薬品の約89%を検出しました。将来的には、苦味の強い候補化合物を早期に見つけ、候補の選び直しや苦味対策を事前に検討することで、より飲みやすい小児用医薬品の開発を支援できる可能性があります。
今後の展開
本研究で開発したAIは、創薬や製剤開発の初期段階で、候補化合物の苦味リスクを事前に評価するためのスクリーニング技術として活用できる可能性があります。
例えば、複数の候補化合物の中から、薬効だけでなく「苦味が少ない可能性」も考慮して開発候補を選ぶことができれば、その後に必要となる苦味マスキングの負担を減らせる可能性があります。また、苦味が予測された化合物について、開発の早い段階からコーティング、カプセル化、甘味料の添加などの対策を検討することもできます。
今後は、実際に人が感じる苦味の強さ、味覚受容体を用いた実験、製剤化した後の飲みやすさなどのデータを蓄積し、AIの予測結果を実験的に検証する必要があります。また、苦味の有無だけでなく、苦味の強さ、後味、甘味、酸味、塩味なども統合することで、より総合的に「飲みやすさ」を評価するAIへ発展させることを目指します。
最終的には、薬の効果や安全性だけでなく、患者が無理なく服用を続けられるかという視点を医薬品開発に取り入れ、子どもや服薬に困難を抱える患者にとって、より優しく、より飲みやすい医薬品の実現に貢献することが期待されます。
用語説明
1) 服薬アドヒアランス
患者が医師や薬剤師と合意した治療方針に基づき、決められた用法・用量で薬を継続して服用することです。薬の味、におい、大きさ、飲み込みやすさなども、服薬を続けられるかどうかに影響します。
2) 人工知能(AI)
コンピュータが多くのデータから特徴や規則性を学び、新しいデータについて分類や予測を行う技術です。本研究では、化合物の分子構造から苦味の可能性を予測しました。
3) グラフニューラルネットワーク(GNN)
分子を、原子を「点」、原子同士の結合を「線」とするグラフとして表現し、その構造を学習する深層学習技術です。人があらかじめすべての特徴を指定しなくても、分子構造から予測に重要な特徴を学習できます。
4) マルチタスク学習
関連する複数の課題を一つの AI で同時に学習する方法です。本研究では、苦味予測を主な課題とし、甘味予測を補助課題として学習させました。複数の課題に共通する情報を利用することで、苦味予測の性能向上を図りました。
5) 外部検証
AIの開発や調整に使用していない独立したデータを用いて、予測性能を確認することです。AI が学習済みのデータだけでなく、未知のデータに対しても機能するかを評価するために重要です。
6) 感度
実際に苦味がある化合物のうち、AIが正しく「苦味あり」と検出できた割合です。本研究では、既報で苦味が報告されていた小児用医薬品の約 89%を検出しました。
7) 苦味マスキング
薬の有効成分が持つ苦味を感じにくくするための技術です。錠剤のコーティング、マイクロカプセル化、甘味料や香料の添加などが用いられます。
論文情報
●題目: Multi-task graph neural network improves molecular bitterness prediction through auxiliary sweetness learning
●著者: Hiroaki Iwata, Soyoka Tanihata, Shin-ich Fujiwara
●掲載誌: European Journal of Pharmaceutical Sciences
●DOI: 10.1016/j.ejps.2026.107616
研究支援
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「潜在化学空 間」[課題番号:JP24H01771]、挑戦的研究(萌芽)[課題番号:25K22757]、 ならびに公益財団法人三島海雲記念財団の助成による支援を受けて行われました。
本件に関するお問い合わせ先
<研究に関すること>
鳥取大学 医学部 生体制御学講座 教授 岩田 浩明(いわた ひろあき)
TEL: 0859-38-7615
E-mail:iwata.hiroaki@tottori-u.ac.jp
<取材担当>
鳥取大学米子地区事務部総務課広報係
TEL:0859-38-7037
FAX:0859-38-6992
E-mail: me-kouhou@ml.adm.tottori-u.ac.jp


