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脳が全身の脂肪消費をコントロールする仕組みを解明― 生活習慣病の予防につながる新たな代謝制御メカニズムを発見 ―

プレスリリースロゴ 椙山女学園ロゴ 生理学研究所ロゴ名古屋大学

概要  

 鳥取大学医学部統合生理学分野の近藤 邦生准教授(元 生理学研究所 助教)、椙山女学園大学の箕越 靖彦教授(生理学研究所 名誉教授)、名古屋大学の中島 健一朗教授(元 生理学研究所 准教授)らの共同研究グループは、脳が自律神経を介して全身の脂肪消費を調節し、体内で脂肪をエネルギーとして利用する仕組みを解明しましたので、お知らせいたします。

 私たちの体は、食事で得た糖や体に蓄えた脂肪を状況に応じて使い分けています。脳がエネルギー消費量を調節することは知られていましたが、「糖を使うのか、脂肪を使うのか」というエネルギー源の選択をどのように制御しているのかは十分に分かっていませんでした。
 今回の研究で、脳が全身に指令を送り、脂肪をエネルギーとして使う仕組みを調整していることが明らかになりました。本研究成果は、食事や生活リズムと健康の関係を理解する新たな手がかりとなり、将来的には肥満症や糖尿病などの生活習慣病に対する新たな予防・治療法の開発につながることが期待されます。

 なお、本研究成果は2026年6月29日付で国際学術誌「Nature Communications」にてオンライン公開されています。

本研究成果のポイント

  • 脳の視床下部室傍核にあるNos1ニューロンが、単にエネルギー消費を増やすのではなく、全身の脂肪消費を選択的に高めることを発見しました。
  • Nos1ニューロンは、自律神経の一つである交感神経を通じて、脂肪組織や筋肉などの代謝を調節していました。
  • Nos1ニューロンは、マウスの休息期である昼間に脂肪消費を高めるリズムをつくっていました。
  • Nos1ニューロンによる脂肪消費は、マウスが体重を維持するために必要でした。

背景

 私たちの体は、食事・活動・睡眠・寒さ・ストレスなど、さまざまな環境の変化に対応しながら、体内の状態を一定の範囲に保っています。この仕組みは「恒常性」と呼ばれ、エネルギー代謝の恒常性が乱れると、肥満や糖尿病などの発症につながります。

 従来、エネルギー代謝は「どれだけ食べ、どれだけ消費するか」という量の問題として語られることが多くありました。しかし実際には、体がエネルギー源として炭水化物を使うのか、脂肪(脂質)を使うのかという「エネルギー燃料(基質)の選び方」も非常に重要です。例えば絶食時には、体は食事由来の炭水化物から、体内に蓄えた脂肪へとエネルギー基質を切り替えます。また、多くの動物では、活動期には炭水化物の利用が高まり、休息期には脂質の利用が高まることが知られています。このようなエネルギー基質の切り替えがうまくいかないと、高血糖、脂質異常、脂肪肝などの異所性脂肪蓄積につながる可能性があります。

 恒常性を一定に保つためには、筋肉、脂肪、肝臓などのさまざまな臓器や組織が、ばらばらに働くのではなく、互いに協調して働く必要があります。その調整役、いわば「司令塔」として働くのが脳です。脳と全身の組織は自律神経系(*1)という神経のネットワークでつながっており、脳はこの経路を通じて各組織に指令を送り、エネルギーの使い方を調節しています。しかし、脳がどのように全身の組織へ指令を出し、炭水化物と脂質の使い分けを調節しているのかは、わかっていませんでした。

研究成果の内容

1.脳視床下部から脂肪組織・筋肉へ向かう神経回路をたどった

 視床下部は、食欲、体温、ホルモン分泌など、生命維持に関わる機能を調節する脳の重要な領域です。研究グループは、神経回路を逆行的にたどることができる仮性狂犬病ウイルス(*2)を用いて、脂肪組織や骨格筋などの末梢組織とつながる視床下部の神経細胞を調べました。その結果、視床下部の中の室傍核(*3)と呼ばれる領域に存在する、Nos1(*4)と呼ばれる遺伝子を発現する神経細胞(Nos1ニューロン)が、骨格筋や脂肪組織など、エネルギー代謝に関わる末梢組織と自律神経系を介してつながっていることがわかりました(図1)。

参考図1

2.Nos1ニューロンを活性化すると、体は脂肪を使いやすくなった

 次に、マウスのNos1ニューロンの活動を人工的に高め、その後の代謝を調べました。すると、全身の脂肪消費が6時間以上にわたって大きく増加しました。一方で、炭水化物の消費は低下しました。重要なのは、この変化が総エネルギー消費量の増加がなくなった後でも続いており、「消費エネルギー全体が増えたから脂肪も多く使われた」という単純な現象ではなかった点です。Nos1ニューロンは、体内のエネルギー基質を、炭水化物から脂肪へと切り替える方向に働いていました。さらに、Nos1ニューロンは交感神経を介して脂肪組織での脂肪分解を促して脂肪酸を供給し、筋肉などでの脂肪酸の利用を高めることが示されました。つまり、Nos1ニューロンが、交感神経を通じて全身の脂質代謝を協調的に動かしていることがわかりました(図2)。

参考図2

3.Nos1ニューロンは、休息期に脂肪を使うリズムをつくっていた

 脂質と炭水化物の利用には、1日の中で変化するリズムがあります。夜行性のマウスでは、活動期である夜間には炭水化物の利用が高まり、休息期である昼間には脂肪の利用が高まります。研究グループがNos1ニューロンの働きを抑えたマウスを調べると、この脂肪利用のリズムが失われ、脂質消費は常に低い状態になりました。一方で、夜間に活動量や摂食量が増えるという基本的な1日のリズムは保たれていました。さらに、Nos1ニューロン自身の活動は昼間に高まっていました。これらの結果から、Nos1ニューロンは、休息期に脂肪を使いやすくするための脳内スイッチとして働いていると考えられます(図3)。

参考図3

 Nos1ニューロンの働きを抑えたマウスでは、寒い環境で体温を維持する能力や、ストレスに応じて脂肪消費を高める反応が低下していました。また、Nos1ニューロンが働かない状態で長期間飼育すると、通常のマウスと同じ量のエサを食べていても体重が増加しました。この傾向は脂肪の多い食事でより顕著で、複数の末梢組織に脂肪が蓄積しました。このことは、Nos1ニューロンによる脂肪消費の制御が、長期的な体重維持や健康にも関わることを示しています(図3)。

今後の展開・意義

 本研究は、脳が全身の消費エネルギー量だけでなく、「炭水化物を使うか、脂肪を使うか」というエネルギー基質の選択を調節していることを示しました。特に、視床下部室傍核のNos1ニューロンが、交感神経を介して脂肪消費を高める仕組みを明らかにした点が大きな成果です。

 今後、この神経回路の詳しい働きが明らかになれば、脂肪の蓄積を抑える新しい方法や、肥満症・糖尿病などの生活習慣病に対する新たな予防・治療戦略につながる可能性があります。また、脂肪の消費は睡眠・休息の時間帯に高まりやすいことから、食事の時間帯と健康の関係を理解するうえでも重要な手がかりになります。本研究を足がかりとして、「何を食べるか」だけでなく、「いつ食べるか」が代謝に与える影響の理解がさらに進むことが期待されます。

用語解説

*1 自律神経系

脳からの指令を受けて、全身の末梢組織にシグナルを伝達する神経回路。主に「交感神経」と「副交感神経」の2つで構成され、呼吸、心拍、体温調節、消化など、生命維持に欠かせない生理機能を調節する。

*2仮性狂犬病ウイルス

神経回路の中では、神経細胞はシナプス結合を介して、隣の神経細胞に情報を伝えている。仮性狂犬病ウイルスは神経細胞に感染したのち、シナプス結合を介して特異的に他の神経細胞へ輸送される性質を持つ。特に、本研究で用いた仮性狂犬病ウイルスBartha株は情報の流れと逆方向にのみ移動するため、ウイルスを感染させた末梢組織に情報を伝える脳の神経細胞に感染する。この特性を用いて、脳や脊髄の神経ネットワーク(神経回路)をマッピングするためのツールとして、脳科学や神経生物学の分野で広く利用されている。

*3 視床下部室傍核

視床下部前方の背側、第三脳室壁の近くにある脳領域。さまざまなホルモンの分泌のコントロールを行う神経細胞や、自律神経系を制御する神経細胞が存在することが知られている。

*4 Nos1 (Nitric Oxide Synthase 1)

主に脳や神経系で一酸化窒素(NO)を合成する酵素、およびそれをコードする遺伝子。神経細胞内で産生されるNOは、神経伝達の調節、学習、記憶などに関与する。ただし、今回の実験ではNos1タンパク質の発現を阻害しても脂質代謝には影響がなかった。このことから、NOではなくNosニューロンの神経活動が今回見つけた現象に関わる可能性がある。


論文情報

  • 題目:Nos1 neurons in the paraventricular hypothalamic area modulate lipid metabolism via the sympathetic nervous system in male mice
  • 著者:近藤邦生1,2,*、橋内咲実3,4、稲葉有香3,4、井上啓3,4、山田芹華5、宮道和成5

吉村祐貴2、中島健一朗1,6、檜山武史2、箕越靖彦1,7,*

1 自然科学研究機構 生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門

2 鳥取大学 医学部 統合生理学分野

3 金沢大学 大学院医薬保健学総合研究科

4 金沢大学 新学術創成研究機構

5 理化学研究所生命機能科学研究センター 比較コネクトミクス研究チーム

6 名古屋大学大学院生命農学研究科

7 椙山女学園大学 生活科学部 管理栄養学科

* 責任著者

  • 掲載誌:Nature Communications
  • DOI:10.1038/s41467-026-74362-9

研究支援

 本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(科研費)(18K08494; 20H03736; 21H03387; 23H02965; 25K03065)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)(JPMJPR1784; JPMJPR21S5)、日本肥満学会およびノボ・ノルディスクファーマ株式会社、ノバルティス科学振興財団、小野医学研究財団、武田科学振興財団、堀科学芸術振興財団、稲盛財団からの研究助成金の支援を受けて実施されました。


お問い合わせ先

<研究に関すること>

鳥取大学医学部統合生理学分野 准教授

近藤邦生

E-mail: kkondoh@tottori-u.ac.jp

TEL: 0859-38-6033

 

椙山女学園大学 生活科学部管理栄養学科 教授

自然科学研究機構 生理学研究所 名誉教授

箕越靖彦

E-mail: minokosh@sugiyama-u.ac.jp

 

<取材担当>

鳥取大学米子地区事務部総務課広報係

TEL:0859-38-7037

FAX:0859-38-7029

E-mail: me-kouhou@ml.adm.tottori-u.ac.jp

 

椙山女学園企画広報部広報課

TEL:052-781-5940

E-mail: kouhou@sugiyama-u.ac.jp

 

自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室

TEL:0564-55-7722     

FAX:0564-55-7721

E-mail:pub-adm@nips.ac.jp

 

名古屋大学 総務部広報課

TEL:052-558-9735

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E-mail:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp