肝がんの免疫治療が効きにくい原因を解明~抵抗性メカニズムの一端を特定、新たな治療薬開発に期待~
概要
このたび、鳥取大学医学部再生医療学分野の土谷博之准教授、難波大輔教授ら研究グループは、肝がんに免疫治療薬(ICI)が効きにくい原因の一つを解明し、がん細胞表面に高発現する「CD24」が免疫治療の効果に影響を与えていることを明らかにしましたのでお知らせいたします。
肝がんは、再発率が高く予後不良の悪性腫瘍です。通常、がん免疫治療に使われる「免疫チェックポイント阻害剤(ICI)」が効きにくいがんでもあり、肝がんがどうやってICI抵抗性を獲得しているのかは解明されていませんでした。
本研究により、肝がんにICIが効きにくくなる原因の一つとして、「NEAT1」という分子が、「CD24」というタンパク質の発現を誘導していることと、発現を誘導するメカニズムを明らかにしました。さらに動物実験において、NEAT1が多い肝がんではICIが効きにくかったものの、CD24を抑える抗体を併用することで、ICIが効きやすくなることが示されました。また、肝がん患者のがん組織においても、NEAT1とCD24が高発現しており、NEAT1とCD24がICIの効きにくい原因の一つであることが示されました。
本成果により、NEAT1やCD24を標的とした新しい治療薬の開発や、より効果的な肝がん免疫治療の実現が期待されます。
なお、本研究成果は2025年8月13日に学術誌「Oncogene」でオンライン公開されています。
本研究のポイント
- 日本では毎年約3万人以上が発症する肝がん注1)は、再発率が高い予後不良の悪性腫瘍です。また肝がんは抗腫瘍免疫が働きにくく免疫チェックポイント阻害剤(ICI)注2)が効きにくいがんの一つですが、どうやって肝がんがICI抵抗性を獲得しているのかは解明されていませんでした。
- 本研究は、肝がん細胞において長鎖非コードRNA注3)の一つであるNEAT1注4)がCD24注5)を発現誘導していることと、その発現誘導メカニズムを明らかにしました。
- さらに動物実験において、NEAT1を過剰発現する肝がん細胞はICIに抵抗性を示しましたが、抗CD24抗体の併用によってこの抵抗性が減弱することが示されました。
- またNEAT1とCD24は肝がん患者さんのがん組織で高発現しており、NEAT1とCD24が肝がんにおけるICI抵抗性の原因の一つであることが示唆されました。
- 本研究の成果から、NEAT1発現に基づいた治療薬の選択や、抗CD24抗体など、このメカニズムを標的とした治療薬の開発によって、ICI奏効率の改善やより効果的な肝がん治療法の開発が期待できます。
- さらに、CD24はマクロファージ注6)に対する免疫チェックポイント分子として知られており、現在その阻害剤が開発中ですが、本研究の成果によってCD24標的治療の臨床的意義が強く示唆されました。
背景
現在多くのがん免疫療法注7)でICIが使用されています。肝がんでも複数のICIが承認されていますが、これが奏効するのは投与された患者さんの約3割程度と言われています。もともと肝がんはICIが効きにくいとされるがんでしたが、その原因は解明されていませんでした。しかしICIの奏効率を改善するためには、この抵抗性メカニズムを明らかにし、それをもとに新たな治療戦略を考えることが必要です。
本研究グループはこれまで長鎖非コードRNAの一種であるNEAT1が、肝がんで薬剤抵抗性や放射線抵抗性を誘導していることを明らかにしてきました。しかしNEAT1とICI抵抗性との関係については、これまで研究されていませんでした。
本研究ではこの問題に取り組み、NEAT1がCD24を介してマクロファージの抗腫瘍機能を抑制することで、肝がんにICI抵抗性をもたらしていることを明らかにしました(図1)。さらにこの抵抗性メカニズムを標的とすることでICIの奏効率が改善することを、動物実験で示しました。
図1.本研究の概要
肝がん細胞でNEAT1はmiR-320aの機能を抑制し、これによって発現上昇したSP1によってCD24を発現誘導していることを明らかにしました。またCD24はマクロファージに作用することで、その抗腫瘍機能を抑制し、肝がん組織の成長を促進するとともに、免疫チェックポイント阻害剤(抗PD-1抗体)抵抗性をもたらしました。これに対し抗CD24抗体を併用することによって、NEAT1による免疫チェックポイント阻害剤抵抗性が軽減することが示されました。
研究成果の内容
本研究ではまずNEAT1を過剰発現した肝がん細胞で免疫チェックポイント分子の発現を調べ、その結果、CD24が顕著に発現亢進していることを明らかにしました(図2A)。
CD24はマクロファージの免疫チェックポイント分子として、マクロファージの貪食注8)活性を抑制することが知られています。そこで肝がん細胞に対するマクロファージの貪食活性を調べました。その結果、肝がん細胞にNEAT1を過剰発現させることで、マクロファージの貪食活性は低下しました。しかし抗CD24抗体によってCD24を阻害すると、その活性は有意に回復しました(図2B)。このことから、NEAT1はCD24を介してマクロファージによるがん細胞の貪食を抑制していることが示されました。
図2.NEAT1過剰発現によるCD24発現上昇とマクロファージ貪食活性の抑制
(A)肝がん細胞(HLF、HuH6)表面におけるCD24の発現量。NEAT1を過剰発現した肝がん細胞(N, 赤)では、コントロール細胞(C, 青)と比べて、CD24発現量が高かった。(B)肝がん細胞(HLF、HuH6)に対するマクロファージの貪食活性。コントロール細胞(CTRL, 薄青・赤)に比べ、NEAT1過剰発現肝がん細胞(NEAT, 濃青・赤)は、貪食活性が有意に低下していた。しかし抗CD24抗体(Ab, 赤)を添加すると低下していた貪食活性が、コントロールIgG(IgG, 青)と比べて、有意に回復した。
マクロファージは、CD80やHLA-DR注9)を発現し抗腫瘍機能を持つM1型と、CXCR2注10)を発現し腫瘍促進機能を持つM2型、という相反する機能を持つ2種類のタイプに変化することが知られています。M2型マクロファージは抗腫瘍免疫の回避やICI抵抗性に関与していることが明らかにされており、がん免疫療法の新たな治療標的として注目されています。そこでマクロファージを、NEAT1を過剰発現した肝がん細胞とともに培養すると、マクロファージのCD80やHLA-DRが発現低下し、CXCR2が発現亢進しました(図3A)。しかしこのとき抗CD24抗体を添加してCD24を阻害すると、CD80やHLA-DRの発現は有意に回復しました(図3B)。このことから、NEAT1はCD24によって、がん細胞周囲のマクロファージの機能をM1型からM2型に書き換えていることが示唆されました。
図3.NEAT1過剰発現によるマクロファージマーカータンパク質の発現変化
(A)肝がん細胞(HLF、HuH6)と共培養したマクロファージ細胞表面のCD80、HLA-DR、CXCR2発現量。NEAT1を過剰発現した肝がん細胞(N, 赤)では、コントロール細胞(C, 青)と比べて、M1型のマーカーであるCD80とHLA-DRの発現量が低く、M2型のマーカーであるCXCR2の発現は高かった。(B)NEAT1を過剰発現した肝がん細胞(HLF、HuH6)の共培養したマクロファージ細胞表面のCD80とHLA-DR発現量。抗CD24抗体存在下(Ab, 赤)では、コントロールIgG(IgG, 青)と比べて、M1型のマーカーであるCD80とHLA-DRの発現量が上昇した。
次にNEAT1を過剰発現した肝がん細胞をマウスに移植すると、腫瘍組織の成長が有意に亢進し(図4A)、さらに腫瘍内でM1型マクロファージの減少とM2型の増加を認めました(図4B)。また、このマウスにICIの一つである抗PD-1注11)抗体を投与しても腫瘍の成長は抑制されませんでした(図5)。これは抗CD24抗体でも同様でした。しかし抗PD-1抗体と抗CD24抗体を併用投与すると腫瘍組織の成長は有意に抑制されました。このことは、NEAT1はCD24を介して肝がんにICI抵抗性を誘導していることを示唆しています。
図4.NEAT1過剰発現による腫瘍成長と腫瘍内マクロファージ表現型の変化
(A)マウスに皮下移植したコントロール(C, 青)またはNEAT1過剰発現(N, 赤)肝がん細胞の腫瘍体積変化と、回収後の腫瘍重量。NEAT1過剰発現によって腫瘍の成長が有意に促進された。(B)腫瘍組織内に存在するマクロファージのI-A/I-E(M1マーカー)とCd206(M2マーカー)の陽性率。NEAT1過剰発現肝がん細胞の腫瘍組織ではM1型マクロファージが減少し、M2型マクロファージが増加していた。
図5.NEAT1過剰発現によるマクロファージマーカータンパク質の発現変化
(A)マウスにNEAT1過剰発現肝がん細胞を皮下移植し、6、9、12日に抗PD-1抗体(αPD-1)またはそのコントロールIgG(IgG2aκ)と、抗CD24抗体(αCD24)またはその
コントロールIgG(IgG2bκ)を、10µgずつ腹腔内投与した。移植後15日目に腫瘍組織を回収した。(B)腫瘍体積変化と、回収後の腫瘍重量。抗PD-1抗体あるいは抗CD24抗体の単独投与では腫瘍体積および重量に変化は認められなかったが、両者の併用投与によって有意な低下を認めた。
続いてNEAT1によるCD24の発現誘導メカニズムについて調べたところ、このメカニズムにはmicroRNA注12)の一つであるmiR-320a注13)と転写因子注14)であるSP1注15)が関与していることを明らかにしました(図1)。具体的には、NEAT1はmiR-320aの機能を抑制することでmiR-320aによるSP1の発現抑制を解除し、その結果、SP1の標的遺伝子であるCD24を発現誘導していることがわかりました。さらに肝がん患者さんのがん組織では、その辺縁の非がん組織と比べ、NEAT1やSP1、CD24が発現亢進し、一方、miR-320aは発現低下していることが確認されました(図6A)。また患者さんの血漿中にもNEAT1が検出され、その量は治療前に比べ治療後で低下しており(図6B)、血漿中のNEAT1は肝がん組織に由来していることが示唆されました。
図6.肝がん患者さんにおけるNEAT1、CD24、SP1、miR-320aの発現量
(A)がん組織とその辺縁の非がん組織における遺伝子発現。がん組織ではNEAT1、CD24、SP1の発現が亢進し、miR-320aの発現は低下していた。(B)治療前と治療後の患者さんから回収した血漿中のNEAT1発現量。治療前に比べ治療後で低下していた。
今後の展開
本研究の成果によって肝がんのICI抵抗性メカニズムの一端が解明され、抗CD24抗体などのように、このメカニズムを標的とした新たな免疫治療法の開発が期待できます。さらにNEAT1の発現に基づいて個々の患者さんに適切なICIを選択することで、奏効率の改善が期待できます。
用語説明
注1) 肝がん: 肝臓で発生するがんの総称。主に肝細胞がんと肝内胆管がんに分類されるが、肝がんの80-90%は肝細胞がんである。
注2) 免疫チェックポイント阻害剤(ICI): 免疫系が過剰に活性化しないよう制御する分子を免疫チェックポイント分子といい、PD-1やPD-L1、CTLA-4といった細胞膜タンパク質が知られている。がん細胞はこれら免疫チェックポイント分子を悪用して、がん細胞を攻撃する免疫から回避している。ICIはこれらの免疫チェックポイント分子に対する抗体で、がん細胞が悪用している免疫チェックポイント機構を阻害することによって抗腫瘍免疫を活性化し、がんを治療する抗体医薬品である。
注3) 長鎖非コードRNA: タンパク質を作り出す通常のRNAとは異なり、タンパク質を作り出さないRNAで、200塩基以上の長さを持つもの。
注4) NEAT1 (nuclear paraspeckle assembly transcript 1): 長鎖非コードRNAの一種で主に核内に存在するが、その機能の詳細は不明である。NEAT1にはNEAT1v1とNEAT1v2という2種類が存在しているが、本研究ではNEAT1v1についてのみ検討している。
注5) CD24: 多くのがん細胞で細胞膜表面に高発現しているタンパク質。マクロファージの細胞膜タンパク質と相互作用することで、マクロファージの貪食能を抑制することが明らかにされている。これを標的とする抗CD24抗体によるがん免疫療法は、現在、臨床試験が行われている。
注6) マクロファージ: 感染防御や組織修復などの生理機能を持つ免疫細胞の一種。炎症を惹起して、がん細胞を除去するM1型と、炎症を抑制し、がん細胞の増殖・悪性化を促進するM2型に、大別される。
注7) がん免疫療法: ICIによる薬物療法や、がん特異的抗原に対するワクチン療法、遺伝子改変免疫細胞による細胞療法など、患者さんの持つ抗腫瘍免疫を活性化して、がんを攻撃させる治療の総称。
注8) 貪食: マクロファージの持つ重要な機能の一つで、細菌や、ウイルス、死細胞、がん細胞といった異物を取り込んで分解し、生体内から除去する。さらにマクロファージは取り込んだ異物を抗原としてT細胞に提示することで、この異物を排除するための免疫を活性化する。しかしM2型マクロファージはこの抗原提示能が低下しており、免疫を活性化することができない。
注9) CD80やHLA-DR: 両者ともM1型マクロファージで高発現している細胞膜タンパク質。
注10) CXCR2: M2型マクロファージで高発現している細胞膜タンパク質。
注11) PD-1: 免疫チェックポイント分子の一つ。主にT細胞で発現し、がん細胞やM2型マクロファージで発現するPD-L1と結合することで、T細胞の疲弊(機能不全)を引き起こす。抗PD-1抗体は、PD-1と結合することでPD-L1との結合を阻害し、これによってT細胞の疲弊を抑制する。
注12) microRNA: 長鎖非コードRNAと同様にタンパク質を作り出さないRNAだが、鎖長は20-30塩基である。主な機能としては、タンパク質を作り出すメッセンジャーRNA(mRNA)の一部に存在する特定の塩基配列に結合し、mRNAからのタンパク質の産生(翻訳)を阻害することが知られている。様々な種類のmicroRNAが知られ、それぞれ異なる塩基配列に結合する。
注13) miR-320aはmicroRNAの一種であり、複数の標的遺伝子の発現を阻害するが、SP1もその標的遺伝子の一つである。
注14) 転写因子: ゲノムDNA上に存在する特定の塩基配列に結合し、その近傍に存在する標的遺伝子からRNAの産生(転写)を促進するタンパク質。
注15) SP1: 転写因子の一種であり、様々ながん細胞で高発現することが知られている。SP1によって発現が促進される遺伝子は複数存在するが、CD24もSP1の標的遺伝子の一つである。
論文情報
- 題目:Immune evasion from macrophages by NEAT1-induced CD24 in liver cancer
- 著者:Hiroyuki Tsuchiya*, Takehiko Hanaki, Tomohiko Sakabe, Naruo Tokuyasu, Takakazu Nagahara, Yoshihisa Umekita, Hajime Isomoto, Yoshiyuki Fujiwara, Daisuke Nanba.
(*; 責任著者)
- 掲載誌:Oncogene
- DOI:10.1038/s41388-025-03537-3
研究支援
本研究はJSPS科研費23K07437の助成を受けたものです。
本件に関するお問い合わせ先
<研究に関すること>
鳥取大学 医学部医学科 再生医療学分野 准教授
土谷博之(ツチヤヒロユキ)
TEL: 0859-38-6435
E-mail:tsuchiyah@tottori-u.ac.jp
<取材担当>
鳥取大学米子地区事務部総務課広報係
TEL:0859-38-7037
FAX:0859-38-6992
E-mail: me-kouhou@adm.tottori-u.ac.jp