【プレスリリース】ヒトとマウスに共通して作用する「腸管指向性・完全ヒト抗体」の創出に成功~腸を標的とする疾患の医薬品開発の加速へ期待~
概要
このたび、鳥取大学大学院医学系研究科の飛知和 弦輝 大学院生、香月 康宏 教授、鹿児島大学の伊東 祐二 教授、東京薬科大学の冨塚 一磨 教授らの共同研究グループは、独自の抗体創出プラットフォーム技術を用いて、腸疾患の有望な標的タンパク質「Glycoprotein A33 (GPA33)」注1)に対し、ヒトとマウスに共通して作用する新規の完全ヒト抗体注2)の作製に成功しましたのでお知らせいたします。
これまで、GPA33を標的とする抗体の開発においては、マウスとヒトの「種の壁」注3)により、動物モデルで得られたデータによってヒトでの治療効果を予測することが困難でした。本研究グループは、独自の染色体工学技術により作製した完全ヒト抗体産生動物注4)と、膨大な候補から目的の抗体を効率的に選び出すファージディスプレイ技術注5)を組み合わせることで、この課題の解決に取り組みました。
作製された抗体は、ヒトとマウス、ラット3種のGPA33に共通して高い結合性を示し、マウス体内では標的である腸組織へ顕著に集積することが確認されました。本研究成果は、GPA33を標的とする医薬品開発を大きく加速させることが期待されます。
つきましては、下記のとおり記者説明会を開始しますので、取材についてご理解とご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
なお、本研究成果は、「Biomedicine & Pharmacotherapy」誌で2025年7月15日(日本時間)、オンライン公開されました。
【記者説明会】
◆日時:令和7年8月5日(火) 午前11:00~
◆場所:鳥取大学医学部附属病院 会議室2(第二中央診療棟2階)
◆出席者:鳥取大学大学院医学系研究科 大学院生 飛知和 弦輝
鳥取大学医学部生命科学科染色体医工学講座/鳥取大学染色体工学研究センター 教授 香月 康宏
ポイント
- 炎症性腸疾患や大腸がんなど、腸を標的とする疾患の有望な治療標的分子「GPA33」は、医薬品開発の前臨床評価で用いるマウス、ラットとヒトで共通して作用する抗体が存在せず「種の壁」が大きな課題となっていました。
- 独自の「完全ヒト抗体産生動物」と「ファージディスプレイ技術」を組み合わせ、腸管上皮細胞の目印であるGPA33に、ヒトとマウス、ラットで共通して結合する世界初の完全ヒト抗体の創出に成功しました。
- 作製した抗体は、マウス生体内において標的である腸組織へ特異的かつ顕著に集積することが確認され、ヒトの病態をより忠実に反映した疾患モデル動物での評価が可能となります。
- 本成果は、さまざまな腸関連疾患に対する高精度な診断薬や、治療薬を腸に効率よく届けることで高い治療効果と副作用の抑制を両立するDDS(ドラッグデリバリーシステム)の開発に貢献することが期待されます。
研究の背景と経緯
現在、世界の医薬品注6)売上高の上位を抗体医薬品注7)が占めるように、がんや自己免疫疾患注8)をはじめとする多様な疾患の治療において、その重要性はますます高まっています。しかし歴史を振り返れば、有望な治療標的分子が同定されても、医薬品開発注9)における大きな障壁の一つが、前臨床試験注10)で用いるマウスやラットといったげっ歯類とヒトで共通して作用する抗体が存在しないという「種の壁」でした。これにより、基礎研究や前臨床での評価結果をヒトへ正確に外挿することが難しく、多くの医薬品開発が停滞する原因となってきました。大腸がんの95%以上で高発現するGPA33は、まさにこの種特異性の問題により、30年以上にわたり決定的な医薬品の開発には至っていませんでした。
研究の内容
本研究では、この長年の課題を解決するため、染色体工学技術を基盤とする完全ヒト抗体産生動物とファージディスプレイ技術を組み合わせ、ヒトとマウス両方のGPA33に強く結合する交差反応性抗体の創出に挑みました(図1)。まず、ヒトおよびマウスGPA33タンパク質を抗原注11)として完全ヒト抗体産生動物へ免疫し、多様な抗体候補群(ライブラリ)を構築し、次世代シーケンサー(NGS)技術注12)も活用したスクリーニングを行いました。これにより抗体の機能に重要な一部分であるscFv注13)と呼ばれる抗体断片として、目的のGPA33に結合する複数の有望な抗体候補を見出しました。
次に、これらの候補から特に有望なものをscFv抗体と、より安定なscFv-Fc抗体注14)の2種類のフォーマットで作製し、その性能を詳細に評価しました(図2A および B)。具体的には、作製した抗体が、実際にGPA33を発現する細胞に結合するかどうかをフローサイトメトリー解析注15)で確認し、さらにその結合がどのくらい強力かを表面プラズモン共鳴法注16)で精密に測定しました。
その結果、フローサイトメトリー解析によって両フォーマットともヒトおよびマウスのGPA33発現細胞への強い結合が確認されました(図2C)。また、scFv-Fc抗体はラットGPA33発現細胞にも結合活性を示し、広範な交差反応性を持つことが明らかになりました(図2D)。さらに表面プラズモン共鳴法では、これらの抗体が高い結合力を持つことが示されました(図2E)。
さらに、この抗体が実際に生体内で機能するかを評価するため、蛍光標識した抗体をマウスに静脈内投与し、体内動態を追跡しました。その結果、これまで評価自体が困難であったマウス体内において、本抗体はいずれのフォーマットにおいても、標的である腸組織へ選択的に集積することを実証しました(図3AおよびB)。これは、本抗体が創薬シーズとして、生体内での有効性を評価できる段階にあることを示唆しています。
今後の展開
本研究で創出されたヒト・マウス交差反応性抗GPA33抗体は、これまで不可能であったげっ歯類モデルにおける信頼性の高い前臨床評価を可能とし、GPA33を標的とした診断・治療薬開発を大きく加速させるものです。
本研究の成果は、単にGPA33という一つの標的に対する抗体が得られたというだけでなく、我々の持つ「完全ヒト抗体産生動物とファージディスプレイ技術を組み合わせた抗体創出プラットフォーム」が、これまで「種の壁」によって阻まれてきた様々な創薬研究において、前臨床から臨床までを繋ぐ「鍵」となる抗体を提供できる可能性を示しています。
このアプローチは、標的とする分子を変えることで、他の組織のがんや希少・難治性疾患の医薬品開発においても広く応用が可能です。本プラットフォームは、様々な疾患に対する高精度な診断薬やDDS(ドラッグデリバリーシステム)注17)開発のための新たな標準的ツールとなり、医学・創薬研究の発展に大きく貢献することが期待されます。
参考図
図1.本研究概要
腸管上皮細胞に発現するGPA33タンパク質は、炎症性腸疾患やがんなどの有望な治療標的ですが、ヒトとマウスでは構造が異なるため、両方に作用する抗体の開発を阻む「種の壁」が存在しました。本研究ではこの課題を解決するため、まず独自の「完全ヒト抗体産生動物」に抗原を免疫して多様な抗体候補群を創出し、その中から「ファージディスプレイ技術」とNGS解析を駆使して、目的の抗体を効率的に単離しました。この独自戦略により創出した「抗GPA33完全ヒト抗体」(scFv および scFv-Fc)は、標的細胞へ強力に結合するとともに、マウス体内において腸組織へ顕著に集積することが実証されました。この高い腸管指向性は、将来的に薬剤を患部へ正確に届けることで高い治療効果と副作用の抑制を両立するDDSへの応用など、新たな治療法開発に繋がることを示唆しています。
図2.本研究で作出・評価した抗体の構造と結合特性
(A本研究で用いた抗体フォーマットの模式図。抗原と結合する可変領域(VH, VL)のみからなる低分子抗体のscFvと、scFvに生体内でのタンパク質としての安定性に関わるFc領域を付加したscFv-Fc抗体を示す。(B) scFvを提示したファージライブラリから、目的のGPA33に結合するファージを選抜し、GPA33への結合がわかった抗体のクローンの名前とそのフォーマットの模式図。(C,D) 作製した抗体の各種GPA33発現細胞への結合を評価したフローサイトメトリー解析の結果。両フォーマットともヒトおよびマウスの細胞に強く結合し、scFv-Fcはラットの細胞にも結合することが示される。(E)表面プラズモン共鳴法で測定した、scFv-Fc抗体の各GPA33に対する親和性。数値が小さいほど結合力が強いことを示す。
図3.マウス体内における抗体の腸組織への特異的集積
(A)蛍光標識したscFv-Fc抗体(scFv-Fc-IR800)および、(B)蛍光標識したscFv抗体(scFv-IR800)をマウスに静脈内投与し、経時的に摘出した腸の蛍光イメージング画像。それぞれの対照抗体であるtrastuzumab-IR800(A)および4D5-scFv-IR800(B)と比較して、本研究の抗体は両フォーマットにおいて有意に高く腸組織へ集積していることが示された。グラフは平均値±標準誤差(各群n=2)。**p < 0.01、***p < 0.001(二元配置分散分析、Tukeyの多重比較検定による)。
用語説明
注1)Glycoprotein A33 (GPA33):
大腸がん細胞の表面に多く現れるタンパク質の一種。正常組織では腸の細胞に限定的に存在するため、炎症性腸疾患や大腸がんなど、腸を標的とする疾患の診断や治療の目印として有望視されている。
注2)完全ヒト抗体:
遺伝子情報が100%ヒトに由来する抗体。ヒトの体内で異物として認識されにくく、免疫反応(拒絶反応)を引き起こすリスクが極めて低いため、医薬品としての安全性に優れていると言われる。
注3)種の壁:
医薬品開発において、動物モデルで得られた結果が、体の仕組みの違いからヒトには当てはまらないという問題。特に抗体医薬では、マウス等の動物に作用する抗体がヒトでは機能しない、あるいはその逆のケースが多く、研究開発の大きな障壁となる。
注4)完全ヒト抗体産生動物:
鳥取大学が独自の染色体工学技術を用いて開発した、生体内でヒトと同様の抗体を作り出すことが可能な非ヒト動物。ヒトに投与できない抗原(がん関連分子など)を安全に免疫し、治療薬候補となる多様なヒト抗体を意図的に創出することを可能にします。
注5)ファージディスプレイ技術:
細菌に感染するウイルスの一種であるファージの表面に様々な種類のタンパク質(この研究では抗体の一部)を発現させ、その中から標的分子に結合するものだけを効率的に選び出す技術。「膨大な候補の中から、目的のものを釣り上げる技術」に例えられる。
注6)医薬品:
病気の診断、治療、予防を目的として使用される物質。化学合成によって作られる低分子医薬品と、生物が作るタンパク質などを応用したバイオ医薬品(抗体医薬など)に大別される。
注7)抗体医薬:
生物が持つ免疫機能の中心的な役割を担う「抗体」の、特定の標的にだけ結合する性質を利用した医薬品。副作用が少なく、高い治療効果が期待できることから、現代の医薬品開発の主流となっている。
注8)自己免疫疾患:
本来、ウイルスや細菌などの外敵を攻撃するはずの免疫システムが、自分自身の正常な細胞や組織を誤って攻撃してしまうことで起こる疾患の総称。関節リウマチや、本研究の応用先として期待される炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病)などが含まれる。
注9)医薬品開発:
新しい薬の候補となる物質を探し出す「基礎研究」から始まり、動物での安全性・有効性を確認する「前臨床試験」、ヒトでの安全性・有効性を確認する「臨床試験(治験)」を経て、国の承認を得て初めて医薬品として患者さんに届くまでの一連の過程を指す。
注10)前臨床試験:
医薬品開発において、ヒトに投与する「臨床試験(治験)」の前に行われる安全性の評価試験。主に細胞や動物を用いて、薬の候補物質の毒性や有効性の基礎的なデータを確認する。この段階で「種の壁」が大きな問題となる。
注11)抗原:
抗体が認識して結合する相手となるタンパク質などの分子。医薬品を開発する上での「目印(標的)」であり、疾患研究の基礎となる重要な分子。
注12)次世代シーケンサー(NGS)技術:
膨大な量のDNA塩基配列を、短時間で網羅的に解読する技術。本研究のような抗体スクリーニングでは、多様な抗体候補群の中から、目的の性能を持つ抗体がどの程度濃縮されているかを、遺伝子レベルで詳細に解析するために活用される。
注13)scFv抗体(単鎖抗体):
抗体の抗原認識に必須な最小単位の部分(VHとVLk)を、遺伝子工学的にリンカーで繋げた低分子抗体。
注14)scFv-Fc抗体:
scFvに、抗体の安定性や体内動態に関わるFc領域を融合させた抗体。scFvの特異性と、通常の抗体が持つ安定性などを兼ね備える。
注15)フローサイトメトリー解析:
レーザー光を細胞に照射し、細胞が発する光(蛍光など)を測定することで、個々の細胞の特性を高速で解析する手法。本研究では、作製した抗体が目的のGPA33発現細胞に結合しているかを確認するために使用された。
注16)表面プラズモン共鳴法:
センサー上で分子同士(本研究では抗体と抗原)の結合や解離をリアルタイムで測定する手法。結合の速さや強さ(親和性)を精密に数値化でき、抗体の性能評価に重要な役割を果たす。
注17)DDS(ドラッグデリバリーシステム):
薬を体内の目的の場所(病気の細胞など)に正確に送り届け、そこで効果を発揮させる技術。全身への副作用を減らし、治療効果を最大化することが期待される技術。
論文タイトル・論文著者名
“論文タイトル: Targeting of bowel tissue by fully human antibodies cross-reactive with human and mouse GPA33 antigen”
(ヒトおよびマウスGPA33に交差反応する完全ヒト抗体による腸組織への指向化)
DOI: 10.1016/j.biopha.2025.118336 雑誌名: Biomedicine & Pharmacotherapy
<論文著者名>
Genki Hichiwa, Abdur Rafique, Asaki Nagashima, Yayan Wang, Kanako Kazuki, Ryohei Ogihara, Muhammad Feisal Jatnika, Ryosuke Shimamoto, Yumi Iwai, Narumi Uno, Hiroyuki Satofuka, Kazuma Tomizuka*, Yuji Ito**, Yasuhiro Kazuki***
*,**, ***:責任著者
お問い合わせ先
<研究に関すること>
香月 康宏(カヅキ ヤスヒロ)
鳥取大学 医学部生命科学科/染色体工学研究センター 教授
〒683-8503 鳥取県米子市西町86番地
Tel:0859-38-6219 Fax:0859-38-6210
E-mail:kazuki@tottori-u.ac.jp
伊東 祐二(イトウ ユウジ)
鹿児島大学 大学院理工学研究科理学専攻 教授
〒890-0065 鹿児島市郡元1丁目21-35
Tel:099-285-8110 Fax:099-285-8037
E-mail:yito@sci.kagoshima-u.ac.jp
冨塚 一磨(トミヅカ カズマ)
東京薬科大学 生命科学部 応用生命科学科 生物工学研究室 教授
〒192-0392 東京都八王子市堀之内1432-1
Tel:042-676-7139 Fax:042-676-7145
E-mail:tomizuka@toyaku.ac.jp
<報道担当>
鳥取大学 米子地区事務部総務課広報係
〒683-8503 鳥取県米子市西町86番地
Tel:0859-38-7037 Fax:0859-38-7029
E-mail:me-kouhou@adm.tottori-u.ac.jp
鹿児島大学 広報センター
〒890-8580 鹿児島市郡元1-21-24
Tel:099-285-7035 Fax:099-285-3854
E-mail:sbunsho@kuas.kagoshima-u.ac.jp
東京薬科大学 入試・広報センター
〒192-0392 東京都八王子市堀之内1432の1番地
Tel:042-676-4921 Fax:042-676-8961
E-mail:kouhouka@toyaku.ac.jp