【プレスリリース情報】国内初!苦味と甘味の両方を対象にしたグラフニューラルネットワーク(GNN)による味覚予測モデルの構築
概要
このたび、鳥取大学医学部生体制御学講座の岩田浩明教授は、国内で初めてグラフニューラルネッ トワーク(GNN)を用いて苦味および甘味を予測する AI モデルを開発し、高精度な味覚予測を実現 しましたのでお知らせいたします。
動物やヒトが食品を摂取する際、「甘味」や「苦味」といった味覚は、安全性や栄養価を判断するうえ で重要な感覚のひとつです。近年、分子の化学構造から味覚を予測する機械学習モデルが複数提案さ れていますが、多くのモデルでは「なぜその予測がなされたのか」という根拠が不明瞭であり、構造的 な妥当性の検証も十分でないなど、AI を活用した味覚予測技術の確立には課題が残されていました。
そこで本研究では、苦味および甘味を持つ既知の化合物データをもとに、グラフニューラルネットワ ーク(GNN)を用いた味覚予測 AI モデルを構築し、従来の記述子ベースの手法を上回る高い精度で、 化合物の味覚(苦味/甘味)分類を実現しました。
さらに本モデルでは、AI がどの分子構造に着目して予測を行っているかを可視化することで、予測 に強く寄与する部分構造を特定しました。加えて、可視化された重要構造が実際に受容体とどのよう に相互作用するかを明らかにするため、ドッキング解析を実施しました。その結果、AI が示した構造が 受容体と水素結合をする部位であることを確認し、モデルの構造的妥当性を裏付ける根拠を得ること ができました。
本研究により、味覚予測 AI の透明性と信頼性が大きく向上し、今後はさらなるデータ拡充や、さま ざまな受容体タイプへの適用を通じて、新規甘味料や苦味マスキング剤の分子設計支援、さらには服 用性向上を目的とした製剤開発への応用などが期待されます。なお、本研究成果は 2025 年5月 19 日に学術誌「Current Research in Food Science」でオンライン公開されています。
本研究のポイント
- 国内初:苦味と甘味の両方を対象に、グラフニューラルネットワーク(GNN)を 用いた味覚予測 AI モデルを構築し、その予測根拠を可視化・構造的に解釈し た研究は、日本国内で初の試み。
- 高精度な味覚予測:従来の分子記述子ベースのモデルと比較して、分子構造を 直接入力できる GNN により、より高い予測精度と汎化能力を実現。
- AI 判断根拠の可視化:統合勾配法(Integrated Gradients)を用いて、AI が味覚を予測する際に注目した分子構造上の特徴を明確化。
- 構造的妥当性の裏付け:AlphaFold により得られた味覚受容体構造(苦味: TAS2R16、甘味:T1R2)と、可視化された化学構造とのドッキング解析を実 施し、予測根拠の分子レベルでの妥当性を検証。
背景
動物やヒトが摂取する食品の安全性や栄養価を判断するために、「甘味」や「苦味」 といった味覚は重要な感覚です。甘味は高エネルギー源に、苦味は毒性のある化 合物に結びつ く傾向があ り 、 これらは舌の味蕾に存在する特定の受容体 (T1R2/T1R3、TAS2R 群など)を介して感知されます。また、これらの味覚受容 体は腸や膵臓など体内にも広く分布しており、糖代謝や食欲制御、ホルモン分泌と も深く関係しています。
近年、化学構造から味覚を予測する機械学習モデルが複数提案されていますが、 従来のモデルでは「なぜその予測がなされたのか」という根拠が不明瞭であり、構 造的妥当性の検証も十分ではありませんでした。AI を活用した味覚予測技術の確 立が求められています。
研究成果の内容
本研究では、苦味・甘味を持つ既知の化合物データをもとに、GNN を用いた味 覚予測 AI モデルを開発しました(Figure 1)。このモデルは、分子構造をグラフと して直接取り込み、従来の記述子ベースの手法よりも高い精度で味覚(苦味/甘味) の分類を実現しました。
さらに、Integrated Gradients 法を適用することで、AI がどの分子構造に 着目して予測を行っているかを可視化。予測に強く寄与する部分構造を特定しました。
これに加え、AlphaFold によって予測された味覚受容体(苦味:TAS2R16、 甘味:T1R2)の三次元構造を活用し、AI モデルによって可視化された化学構造が 実際に受容体とどのように結合するかを明らかにするためのドッキング解析を行 いました。AI モデルが示した重要構造が、実際に受容体と水素結合する部位であ ることを確認し、モデルの科学的根拠を補強しました。
Figure1. 本研究の概要
今後の展開
本研究により、AI による味覚予測の透明性と信頼性が大きく向上し、味覚に関 連する分子設計の指針が得られるようになりました。今後は、以下の応用展開が期待されます。
- 新規甘味料・苦味マスキング剤の分子設計支援
- 薬剤の服用性向上を目的とした製剤開発への応用
- 食品開発における感覚特性の事前予測
さらなるデータの拡充や、多様な受容体タイプへの拡張を進めることで、味覚予 測モデルの汎用性と実用性を高めていく予定です。
用語説明
1)グラフニューラルネットワーク(GNN)分子構造を原子(ノード)と結合(エッジ)からなるグラフとして扱い、構造情報 を効率的に学習するディープラーニング手法。
2) Integrated Gradients
深層学習モデルの予測に対する各入力特徴量の寄与を可視化する手法。予測 の解釈性を高める。
3)AlphaFoldDeepMind 社が開発した、タンパク質の立体構造を予測する AI モデル。 2021 年に科学誌『Nature』で発表された。
4) 味覚受容体
味物質を検知するタンパク質で、G タンパク質共役型受容体の一種。苦味には TAS2R ファミリー、甘味には T1R ファミリーが関与。
論文情報
- 題目:AI-driven prediction of bitterness and sweetness and analysis of receptor interactions
- 著者: Hiroaki Iwata
- 掲載誌:Current Research in Food Science
- DOI:10.1016/j.crfs.2025.101090
研究支援
本研究は、JSPS 科研費 JP24H01771 の助成を受けたものです。
本件に関するお問い合わせ先
<研究に関すること>
鳥取大学 医学部 生体制御学講座 教授 岩田 浩明(いわた ひろあき)
TEL: 0859-38-7615
E-mail:iwata.hiroaki@tottori-u.ac.jp
<取材担当>
鳥取大学米子地区事務部総務課広報係
TEL:0859-38-7037
FAX:0859-38-6992
E-mail: me-kouhou@adm.tottori-u.ac.jp