地域医療に関する研究

当分野では、疫学という人間の健康状態を宿主・病因・環境に関する各種要因のダイナミズムとして捉え、それらの要因を改善するための研究を行なっており、疫学的な手法を用いた「地域医療に関わる研究」にも取り組んでいます。

現在は、医療へのアクセスのしやすさ「アクセシビリティ」と健康の関係を調べるもの、年齢を重ねていくことで生じる脆弱性「フレイル」に早く気付くため既存の指標やデータを用いた分析、また年齢に関わらず誰にでも訪れる人生の最終段階「終末期」の医療に関する意向を調査する等の研究を進めています。

暮らしの中でおこる生老病死を疫学的に捉えることで、医療を含めた地域の環境を整えていくことに役立つよう取り組んでいます。


アクセシビリティと健康

医療へのアクセスは健康の決定因子において欠かせない分野です。日本の医療制度の特徴であるフリーアクセスは国際的にも一定の評価を受けていますが、それでもなお、地域には医療へのアクセスに困難を抱えている集団も存在しています。また、アクセスが保障されているものの、医療・保健・福祉サービスの活用が進まない集団も存在します。

山地の多い日本では、中山間地域が総土地面積の約7割を占めています。鳥取県の中山間地も多く全国都道府県で人口が最も少なく、人口密度、社会増加率が下位、老年人口割合、第一次産業就業者比率が上位という特徴を有しています。人口当たりの医療機関数、医療従事者数は比較的多いものの、地理的事情による医療アクセスの困難の実態は明らかではありません。

また、近年SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)を皮切りにインクルーシブな社会づくりが求められていますが、日本古来の均質的な社会背景の中、障がい者、性的マイノリティ、外国籍、外国人労働者など少数派とされる集団に目を向けた医療アクセスの実態についての知見は多くはありません。

当分野では、こうした課題について、疫学的な手法を用いて頻度や分布を明らかにし、公平なプライマリヘルスケアの保障・活用を促進することを目的とした分析に取り組み始めています。





フレイル

65歳以上の高齢者人口は増加を続けており、そのうち75歳以上の後期高齢者人口は総人口に占める割合が14.7%に上っています。後期高齢者の要介護者の割合は高く、その要因の中で認知症および脳血管疾患に次いで多いのが高齢による衰弱(以下、フレイル)です。フレイルとは、 加齢に伴う様々な機能変化や生理的な予備能力の低下によって健康障害を招きやすい状態です。また、フレイルは種々の介入により可逆性を示す可能性のある状態としてとらえ、老年医学的な介入により、フレイルの状態から出しうるとの考え方が出てきました。したがって、より早期にフレイルを検知し予防事業に繋げることで要介護状態へ陥るリスクを軽減させることは、健康寿命延伸に向けて極めて重要な課題です。

当講座では、国保データベース(KDB)等既存データを用いて、フレイルのスクリーニングを行う方法を分析しています。この成果を用いた個別支援や健診受診勧奨といったハイリスクアプローチによって、より多くの地域で生活する虚弱高齢者の介護予防に活かすことを可能とすることを目指しています。





終末期の医療に関する意向確認

臨床現場では、「終末期の過ごし方の希望」や「望むまたは望まない治療」について、本人の意向を確認することが難しい場面に出会うことは少なくありません。一方、本人の意向の背景にはこれまでの人生や過ごしてきた生活環境があり、地域で暮らしている時に確認した意向は、その後大きく変化せず、本人の意向として有効であるのでは、と仮説を立てました。そこで、本研究では、65歳以上の地域住民の方65名にご協力いただき、「終末期の過ごし方の希望」や「望むまたは望まない治療」に対する本人の意向を、地域で暮らしているときから追跡することで、

  1. 地域で暮らす高齢者の終末期までの過ごし方や医療についての意向
  2. 終末期の医療行為についての意向を示しやすい方法
  3. 終末期について示した意向の変化
  4. 実際の終末期の過ごし方や医療に本人の意向が反映されていたか

を明らかにすることを目的に実施しています。

(1)と(2)について、初回調査からのまとめ

研究に参加していただいた方々に、ひとつひとつの医療処置(たとえば、抗がん剤、放射線治療、点滴、胃ろうなど)の希望についても、お聞きしました。医療処置について詳しく知っていて、はっきりとした希望がある場合を除いて、各医療処置について、終末期におこないたいか、おこないたくないか、という希望を示すのは難しい、という結果でした。たとえば「痛みをとることを最優先にしたい」「意識があることを大切にしたい」など、ご自身にとって大切にしていることを、「ご自身のことばで」話してもらうことが、終末期の医療処置を決めていく上で伝えやすいかと思います。

初回調査の結果から、「人によって希望は様々である」ことがわかります。ですので、終末期の医療処置の方針について、国や医療者が一律に決めることは望ましくありません。

また、過去に実施した、終末期の医療にあたった若手医師を対象とした研究で、医師が「患者さん本人にとって、もっとも良い医療を提供したい」と思っている一方で、「患者さんの医療処置への希望がわからない」「終末期の医療処置や療養場所の希望をどのように確認したらよいのかわからない」と葛藤していることがわかっています。

医療を受ける側と医療を提供する側の両方で、希望を伝えられる、希望を確認できる環境を作っていくことが重要だと考えます。


また、以下の内容を、第80回日本公衆衛生学会総会で報告しました。
終末期の医療に関する意向確認_第80回公衆衛生学会

本研究はJSPS科研費 JP15K19151の助成を受けたものです。本研究の成果は著者自らの見解等に基づくものであり、所属研究機関、資金配分機関及び国の見解等を反映するものではありません。





研究

当分野スタッフが研究代表者として携わる研究の一部を紹介します。

2022年4月 - 2026年3月|日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究〔22K17394〕
糖尿病治療中断者の受療行動解明と治療中断予防、
再受診に向けた新たな介入戦略の探索 | 桑原 祐樹
2021年8月 - 2023年8月|鳥取大学医学部同窓会学術研究助成
中山間地域で多重疾患を抱えて生活する高齢者の
受療行動の現状と課題に関する疫学研究 | 桑原 祐樹
2015年- 2023年|日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究(B)〔15K19151〕
地域在住高齢者の終末期に関する前向きコホート研究
-事前意思と実態の相違について- | 金城 文



本研究テーマに関連した論文・学会発表の一部を紹介します。

【論文】

論文・学会発表

Kuwabara, Y., et al.
Association between multimorbidity and utilization of medical and long-term care among older adults in a rural mountainous area in Japan
Journal of Rural Medicine 19(2): 105-113.

【学会発表】

Yuki Kuwabara, S. Taniguchi, T. Hosoda Urban, A. Kinjo, H. Kim, Y. Kaneda, Y. Osaki
The frequency and distribution of diabetes treatment discontinuations and patients’ characteristic in Tottori Prefecture, Japan

WONCA 2023(2023/10/25-28シドニー)

桑原 祐樹, 金城 , 尾﨑 米厚
中高生の受動喫煙の年次推移と喫煙行動との関連

33日本疫学会学術総会(2023/2/1-3;浜松)Journal of Epidemiology 33(Suppl.1) 

桑原 祐樹, 金城 文, 尾﨑 米厚
中山間地域の後期高齢者における
マルチモビディティと医療・介護サービスの関連

第13回日本プライマリ・ケア連合学会総会(2022/6/11-12;横浜市) 2022年6月11日

金城 文, 藤井 麻耶, 金田 由紀子, 桑原 祐樹, 尾﨑 米厚
地域在住高齢者に終末期医療の意向を確認する内容の検討

第80回日本公衆衛生学会総会(2021/12/21-23;オンライン)





書籍

当分野スタッフが執筆した関連書籍の一部を紹介します。

地域医療学ハンドブック: 君たちは地域医療をどう学ぶか
(鳥取大学医学部地域医療学講座編)

尾﨑 米厚、金城 文、桑原 祐樹(7章;地域医療学の研究)
デザインエッグ社 2022年9月26日

医療における不確実性をマッピングする

桑原 祐樹 (担当:共訳, 範囲:6 ネットワーク象限における不確実性の紹介)
金 弘子(担当:共訳, 範囲: 11.交渉象限における不確実性の臨床現場、評価、教育の方法)
株式会社 カイ書林 2021年7月30日