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看護学専攻紹介

沿革

保健学科看護学専攻設置の趣旨

我が国の社会は、高齢化、少子化、地方の過疎化等の深刻な問題に直面しています。
人々の関心は、病気の先端的な診断や治療のみならず、生活環境を考慮した病気の予防、身体的障害からの回復やリハビリテーション、精神や心の支え、老齢者の健康生活の支援や生命への畏敬など広範な領域に及んでいます。
一方で医療人にも豊かな人間性と高い倫理性が求められています。
多くの医療関係職員がチームを組み、人々のニーズに沿った医療の在り方が求められ、メディカルスタッフの一員としてチーム医療を行うために、人々の生活の質、健康増進、疾病の予防と回復への支援ができる能力が要求されます。
保健学科は、こうした社会のニーズに対応できる専門医療職を育成するために設置されました。


シンボルマーク

地色の清楚なピース紺は、日本海を象徴。
輪郭は Comedical の C 。
下方の『三山』は Medicine の M 。
『三山』はまた、秀峰大山の山並と中海の銀波を望む我が学舎の麗しい環境をも表す。
中央二羽の鳥は、ここに集う者が切磋琢磨しつつ、相携えて理想達成に邁進する姿を表している。

歴史

保健学科は、平成11年10月1日付で、それまでの鳥取大学医療技術短期大学部(昭和50年4月設置)を改組し鳥取大学医学部に設置されたものです。
前身の医療技術短期大学部は、医学部附属看護学校及び臨床検査技師学校を改組したもので、医療技術者教育では53年に及ぶ歴史と伝統があります。

平成16年には大学院保健学専攻(修士課程)を設置しました。
問題解決型の教育法にもとづく、医療に関する深い専門知識と高度な技術の習得と共に、豊かな人間性と高い倫理性に支えられた専門的な研究能力をもつ医療人の養成を目指しています。

  • 大正14年4月 

    財団法人米子病院看護婦・産婆養成所を開設

    昭和18年に改称されるが、創立以来昭和22年3月までの間に、21期総計210名の卒業生を送り出している。
    養成所長、学校長は病院長が併任、講義は病院の医師が当たった。
    臨床指導は、一般に見学程度のことが多く、時には主任(現代の婦長に相当)が教えることもあったが、現在のように詳しく、深くはしなかった。
  • 昭和18年4月 

    財団法人米子病院看護婦学校と改称

    (昭和20年頃)
    手術室(昭和17年)
  • 昭和20年8月 

    米子病院の医師と看護婦が広島へ救護に赴く

    昭和20年8月6日の原爆投下直後、財団法人米子病院の医師と看護婦たちが、広島へと救護に赴いた。
    写真は、出発のとき、病院前で院長自らが撮った記念写真。
    「生きては帰れぬ」と覚悟しつつ無理に笑顔を作った、10代の乙女の健気な姿。

    (昭和20年8月8日朝)
  • 昭和21年6月 

    米子医学専門学校附属病院看護婦養成所と改称

    昭和20年4月に米子医学専門学校が発足し、財団法人米子病院がその附属病院として、昭和21年6月1日付で国に移管されたのに伴って改称された。
    こうして新しく出発した看護婦養成所は、さらに発展的解消をとげた。

    附属病院の母体となった鳥取県立病院
    米子支部病院
    (明治31年頃の職員)
    創立時の米子医専の建物
    (昭和20年秋)
  • 昭和23年4月 

    米子医科大学附属医院甲種看護婦養成所と改称

    母体であった米子医学専門学校が、種々複雑な経路をたどった末に、医科大学に昇格したことにより改称された。

    看護婦および看護学校生徒寄宿舎(斉心寮)
    (昭和24年)
  • 昭和23年12月 

    厚生女学部が甲種看護学校として承認

    米子医科大学厚生女学部が保健婦助産婦看護婦法により甲種看護学校として承認された。

  • 昭和26年2月 

    鳥取大学米子医科大学厚生女学部が認可

    かねて二度にわたり申請されていた鳥取大学米子医科大学厚生女学部が看護力の増強、看護内容の向上、看護婦の再教育という三条件を付された上で認可された。

  • 昭和26年4月 

    鳥取大学医学部附属看護学校と改称

    国立学校設置法の改正の結果、鳥取大学医学部附属看護学校と改称された。(昭和52年3月 閉校)

    校章の外郭上部は、鳥の翼になぞらえて鳥大を表し、中央に大きく延びているローソクはナイチンゲールのともした愛の灯で、校章の中心に看護精神を力強く示したものである。
    NはNURSEの頭文字で看護学校の象徴となっている。
    鳥の両翼に大学の文字を配し全体として鳥取大学医学部附属看護学校を表徴している。

    実習中の看護学校
    2期生(昭和27年)
    看護学校の講義室
    (昭和34年頃)
    教育実習
  • 昭和50年4月 

    鳥取大学医療技術短期大学部看護科を設置

    国立学校設置法の改正により鳥取大学医療技術短期大学部が鳥取に併設された。同法改正省令により看護科が置かれ、同年5月に第1回入学式を行った。

    医療技術短大の全景、後方は米子港
  • 昭和51年4月 

    鳥取大学医療技術短期大学部看護学科と改称

    国立学校設置法の施行規則改正省令により「看護科」が「看護学科」に改称された。また、衛生技術学科が増設され、看護学科と衛生技術学科の両者が統合された。

    組織機構上は医学部とは別個の独立機関だが、同じキャンパス内にあり教職員の人事も医学部との交流が深く、日常の教育研究活動もお互いに提携し合って進めている。
    そのため短期大学部と医学部はとても密接な協力関係にあるといえる。

    医療の高度化・細分化に伴って要求される、看護・臨床検査の専門知識や進歩した技術の職能を教授研究し、併せて豊かな人間性と幅広い教養を備えた、広く国民の保健医療の向上に貢献できる専門職の育成を設立の目的とし、全国の国立大学で7番目、中国地区で最初に設置された。
    短期大学部の発足により看護学科にも男子学生の入学が認められることになった。

    看護学科戴帽式
    (昭和57年2月)
  • 平成11年10月 

    鳥取大学医学部に保健学科を設置

    将来の社会情勢および大学の将来像を検討し、鳥取大学医療技術短期大学部を改組し、医学部の中に「保健学科」を設置した。
    保健学科設置に至るまでに、文部省医学教育課との間で設置に関する折衝が行われ、高齢化や国際医療に対応するようなユニークな教育カリキュラムの編成が精力的になされた。

    医学部保健学科の看板設置式


講座紹介

専任教員一覧

  • 迷惑メール防止のため、教員の詳細ページ内のメールアドレスの「@」を「★」に置き換えて掲載しています。

学位・資格・免許

全員が看護師・保健師を、選択(選抜による人数制限あり)で助産師を目指すことができます。

看護学
(学士)
全員卒業により得られる学位です。
看護師
国家試験
受験資格
全員卒業(卒業見込みを含む)により受験資格が得られます。
保健師
国家試験
受験資格
全員卒業(卒業見込みを含む)により受験資格が得られます。
保健師の免許を取得するには、看護師免許の取得が前提条件となります。
助産師
国家試験
受験資格
選択指定された授業科目の単位を修得すれば、助産師国家試験の受験資格と受胎調節実施指導員の申請資格が得られます。
ただし、希望者のうち10名程度の選抜です。
助産師の免許を取得するには、看護師免許の取得が前提条件となります。
*指定された授業科目の単位修得については、医学部HPをご覧ください。
養護教諭
2種免許状
全員指定された授業科目の単位を修得し、保健師免許取得後、申請により取得できます。
*指定された授業科目の単位修得については、医学部HPをご覧ください。

その他に、希望者全員が「新生児蘇生法(Bコース)」を受講することができ、修了認定を受けることができます。



国際・地域貢献

保健学科看護学専攻が取り組む、地域活動の紹介です。

看護学専攻ブログ

ブログはこちら


鳥取大学医学部 保健学科看護学専攻
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