弁膜症

人間の身体は、心臓を中心に血液が巡って(循環して)います。心臓から出て行った血液は大動脈という血管を通って全身の臓器に行き届き、酸素や栄養を受け渡したあと、静脈という血管を通って心臓に返ってきます。全身から心臓に返ってきた血液は、肺動脈を通って肺に送られ、酸素をたくさん含んだ血液になって心臓に戻り、また全身に送られていきます。

弁膜症

心臓の中を見てみると、全身から血液が返ってくる部屋(右心房)、肺に血液を送る部屋(右心室)、肺から血液が返ってくる部屋(左心房)、全身に血液を送り出す部屋(左心室)の4つの部屋にわけられています。

全身を巡る血液の流れがどこかで逆流してしまうと、その分心臓や身体に負担がかかってしまいます。このため、逆流を防止する機構、「弁」というものが心臓の4つの部屋の出口についています。

弁膜症

心臓弁膜症とは、この逆流防止「弁」が硬くなってしまったり、逆流を起こしてしまうようになってしまう病気のことです。「弁」が硬くなって血液の通りが悪くなってしまう病気を「狭窄症(きょうさくしょう)」、逆流を起こしてしまう病気を「閉鎖不全症(へいさふぜんしょう)」と言います。

我が国における心臓弁膜症の患者さんは推定200~300万人とされており、高齢化が進む日本では年々増加していますが、その症状に気づかず、受診に至らない患者さんも多くいると言われています。

当科ではさまざまな心臓弁膜症の治療を行っておりますが、ここでは比較的手術件数の多い、「大動脈弁狭窄症」「大動脈弁閉鎖不全症」「僧帽弁狭窄症」「僧帽弁閉鎖不全症」について説明します。

大動脈弁狭窄症

左心室から全身に血液を送り出す際、心臓の出口にある逆流防止弁を「大動脈弁」といい、この大動脈弁が硬くなって、出口が非常に狭くなる病気を「大動脈弁狭窄症」と言います。大動脈弁狭窄症の原因は先天性二尖弁、リウマチ性などがありますが、近年その多くが加齢性動脈硬化症によるものと考えられています。高齢化が進む現代の日本社会においては今後も増え続けていく疾患であると言えます。大動脈弁狭窄症は、程度が重症となってもしばらくは無症状であることが多い疾患です。しかしながら、一度症状を認めた場合、予後は非常に悪くなり、狭心症状が出ると平均5年、失神だと平均3年、心不全だと平均2年の予後と言われています。

硬くなった大動脈弁は薬で治すことができませんので、根本的な治療には手術が必要です。従来の手術は胸の真ん中を約25cm切開し、胸の骨を切開して心臓を露出し、人工心肺を装着して心臓を止めた状態で大動脈弁を切除して人工弁を縫着する「大動脈弁置換術」です。人工弁には「機械弁」と「生体弁」があり、患者さんの年齢や状態に合わせて、適切な人工弁を選択します。(人工弁の詳細は下記)

大動脈弁置換術自体の成績は良好ですが、体に対する侵襲は大きく、高齢であったり、多くの合併症を有する患者さんに手術を行った場合、術後にリハビリが進まず、寝たきりになってしまうリスクが高くなってしまいます。リスクが高く、手術が受けたくても受けられない患者さんのために考えられた手術が「経カテーテル的大動脈弁植え込み術:TAVI」です。

大動脈弁に対する手術を受けられた患者さんの予後は、大動脈弁狭窄症を患っていない患者さんと同等の予後が期待できるようになり、症状も改善する可能性が高く、手術の効果が非常に大きい病気であるといえます。

大動脈弁閉鎖不全症

前述の大動脈弁が動脈硬化などによって壊れてしまったり、大動脈弁が付着している大動脈が拡大してしまったり、裂けてしまったりすると、大動脈弁の閉まりが悪くなってしまい、血液が心臓の方に逆流してしまうようになります。送り出した血液が心臓に戻ってきてしまうため、心臓にとっては大きな負担となりえます。

徐々に大動脈弁逆流がひどくなる場合、心臓はその変化に順応し、無症状で長期間経過することがしばしばです。その間、心臓の筋肉は少しずつ引き延ばされて心臓の内腔が大きくなっていき、いずれ十分な血液を送り出せなくなると、体を動かしたときに息切れがしたり、呼吸が苦しくなったりといった心不全症状が出てくるようになります。

大動脈弁閉鎖不全症に対する手術は、大動脈弁狭窄症と同様、「大動脈弁置換術」になります。大動脈弁閉鎖不全症には、原則カテーテル手術(TAVI)は適応がありません。大動脈の、大動脈弁付着部も拡大している場合は弁と共に大動脈も取り替えます。また、大動脈弁の破壊が殆どない逆流の場合は、弁を取り替えずに形を整えて逆流を制御する、「大動脈弁形成術」が行われることもあります。

僧帽弁狭窄症

僧帽弁とは、左心房と左心室の間にある逆流防止弁のことです。この僧帽弁が硬くなり、血液の流れが悪くなってしまう病気のことを「僧帽弁狭窄症」といいます。この病気の多くは幼少期のリウマチ熱という感染症が原因で、日本ではこのリウマチ熱という感染症自体が少なくなっているため、僧帽弁狭窄症の患者さんも少なくなりつつあります。そのほかの原因として、慢性透析による弁輪の石灰化や、先天性のものがあります。

僧帽弁狭窄症に対する手術は、「僧帽弁置換術」になります。前述の大動脈弁置換術と同様、人工心肺を装着し、心臓を停めて、僧帽弁が付着しているところに人工弁を縫い付ける手術です。

僧帽弁閉鎖不全症

僧帽弁閉鎖不全症とは、僧帽弁の閉まりが悪くなってしまい、左心房から一度左心室に送られた血液が逆流して左心房に返ってきてしまう病気のことです。

僧帽弁は左心室側からひものようなもの(腱索)で引っ張られて、左心房側にひっくり返らないようになっています。この腱索が切れてしまうと、僧帽弁が左心房側にひっくり返ってしまい、逆流を起こしてしまいます。また、心筋梗塞や拡張型心筋症で左心室が大きくなり、僧帽弁が引っ張られて十分に閉じなくなってしまうことで逆流が起こったりもします。

僧帽弁逆流が軽度であれば無症状で経過しますが、中等度以上になると左心房やその前にある肺に負担がかかり、息切れが起こったり、呼吸困難が起こったりします。

僧帽弁閉鎖不全症の多くは、弁を修繕して逆流を制御する「僧帽弁形成術」が可能です。これは自己弁を温存できるため、心臓の機能が保てたり、術後の抗凝固療法が不要となったりします。また、当院ではこの「僧帽弁形成術」を積極的に低侵襲心臓手術(MICS)で行うようにしています。

僧帽弁の破壊を伴う場合など、修繕が困難なときには「僧帽弁置換術」が行われます。

また、高齢であったり、体力が落ちてしまって手術に耐えることが難しい患者さんには、僧帽弁の形状が適していれば、カテーテル手術(Mitra Clip)を行う場合もあります。

人工弁について

人工弁置換術に用いられる人工弁は、ウシやブタの生体組織を用いて作られた「生体弁」と、チタンやカーボンなどの人工材料を用いて作られた「機械弁」の2つにわけられます。それぞれ一長一短あり、特徴を踏まえたうえで、患者さんの状態に合った人工弁を選択し、患者さんの弁と置換することになります。

生体弁と機械弁の違いの一つは耐久性です。一般的に機械弁は半永久的に耐久性があるといわれており、大きな問題(感染症など)が起こらない場合は終生再手術の必要がありません。これに対し、生体弁は10年から20年で壊れてしまう可能性があります。高齢者より若年者、大動脈弁位より僧帽弁位の方が、耐久性が低くなると言われています。生体弁が壊れると、これまで説明した「狭窄」「閉鎖不全」いずれの病態も起こりえますが、いずれにせよ、程度がひどくなった場合は再手術(再弁置換術)が必要になることがあります。

耐久性の良い機械弁ですが、その分血の塊(血栓)が弁の開閉部に付着しやすく、この血栓が出来てしまった場合、弁の動きが悪くなってしまったり、血栓が剥がれて飛んでいき、脳の血管につまってしまうと脳梗塞が起こってしまいます。この血栓を予防するために、一生血液が固まりにくくなる薬(ワルファリン)を内服しなければなりません。生体弁の場合は、3か月程度で人工弁に膜が張り、血栓が付着することが無くなると言われていますので、ワルファリンを内服するのは3か月間だけで良いことが多いです。

生体弁
機械弁
素材 ウシやブタの生体組織 チタンやパイロライトカーボンなどの人工材料
血栓のできやすさ 血栓の心配はほとんどない 弁の開閉部に血栓ができやすい
耐久性 10〜20年 半永久的 / 20〜30年
抗凝固剤の服用 治療後3か月程度 生涯にわたり必要
その他 以下に該当する患者さんは第一に生体弁の適用を考える
  • 妊娠希望の女性
  • 仕事やスポーツのため、抗凝固剤の服用が困難な人
  • 出血性疾患や肝機能障害のある人
  • 将来、別の手術を受ける可能性のある人
弁が開閉する際に音がする