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<染色体工学とは>

染色体工学とは、染色体の持つ歴史を利用して、新しく人工的に染色体を作り出し、生物の仕組みを理解したり、生物を意のままに操ったりする!という大胆な学問です。「地球の歴史は地層にあり、全ての生物の歴史は染色体に刻まれている。」これは、コムギを用いた遺伝学研究において世界で知られている木原均先生(1893〜1986)の言葉です。生物が進化するとき、その生物の染色体も進化してきました。例えば、人間は2万個の遺伝子が23対(46本)の染色体上に、整然と並べられています。また、チンパンジーは90%以上もの遺伝子配列は人間と共通していますが、染色体は24対(48本)です。チンパンジー染色体の2A、2B染色体が融合し、ヒトの2番染色体になったと考えられています。このように、生物進化が起きた時、染色体の増幅、欠失、組換え等がおき、遺伝子の大きな配置換えが起きていることが知られています。更に研究の進んだ現在では、DNAそのものによらないクロマチン修飾による遺伝子発現制御や染色体の核内テリトリー等、染色体の持つ物理構造体としての役割が明らかになるにつれ、益々染色体の辿ってきた生物誕生以来38億年に及ぶ歴史が重要になってきています。染色体工学は、生命の進化が築きあげた情報を医療や生命現象の解明に利用する学問です。

<染色体工学の出発点>

1990年代に染色体を細胞から1本だけ取り出し、特定の染色体をA細胞から取り出し、B細胞(癌細胞等)に導入することで、がん抑制染色体の同定を試みました。更に、がん抑制染色体上のがん抑制遺伝子の同定を行うために、相同組み換えを利用し、染色体を細かく分断し、がん抑制遺伝子の存在領域を絞りこむ手法を開発してきました。この相同組み換えによる染色体改変技術(図1)、染色体導入技術(図2)こそが染色体工学の前身です。

染色体工学技術紹介図

<染色体工学技術とヒト人工染色体の開発>

染色体工学技術の粋を集め、人工染色体を開発してきました。これは、天然の染色体から全ての遺伝子を取り除くことで、セントロメアと、テロメア両方の、染色体の基本構造を持つ、トップダウン型人工染色体が構築されました。(図3)。この人工染色体に様々な遺伝子やシステムを搭載することで、幅広い応用の可能性を提示しています。人工染色体上に様々な遺伝子を搭載することにより、有用性の高いアプリケーション開発を試みています。現在、最も注目されているのは再生医療分野、遺伝子組み換え動物作製分野、医薬品開発支援分野への応用です。人工染色体を用いることで、培養細胞、あるいはマウスやラット等の実験動物に対して、これまでの遺伝子組み換え方法では、実現できなかった巨大遺伝子(群)の導入が実現できました。例えば、iPS細胞誘導因子、ジストロフィン遺伝子(デュシェンヌ型筋ジストロフィーの原因遺伝子)や血液凝固因子第VIII因子等を搭載し、細胞へ導入することにより、遺伝子・再生医療の実現に向けて努めています(図4)。また、iPS細胞誘導因子を人工染色体に搭載し、iPS細胞に導入できました。さらに、後述のヒト21番染色体を導入したダウン症候群モデルマウスやヒト薬物代謝酵素群を導入したヒト型薬物代謝モデル動物についても、人工染色体ベクターを使って行われている世界的にもユニークな研究です。

 (図3) ヒト人工染色体の構築と利用

ヒト人工染色体紹介図

<人工染色体の利点>(図4)

  • 宿主染色体に挿入されず独立して維持される (宿主遺伝子を破壊しない)
  •  一定のコピー数で長期間、安定に保持される
  • 宿主細胞の生理的発現制御を受ける  (過剰発現/発現消失が起きにくい)
  • 導入可能なDNAサイズに制約がない (発現調節領域を含む遺伝子や、 複数遺伝子/アイソフォームの導入が可能)

人工染色体利点図

<染色体は例えるなら輸送船>

染色体という言葉はよく耳にされるでしょうが、意外とその役割などは理解できていません。人間の体は兆個もの細胞で構成されていると言われますが、その細胞一つ一つが単独で機能しているわけではありません。細胞から細胞へ様々な情報をやり取りしながら機能しています。そこで重要な役割を果たすものが染色体です。わかりやく例えるなら「輸送船」です。その人の重要な情報がいっぱい詰まった遺伝子を載せて運んでいるのです。ただ、その船が例えば時刻表通りに到着しなければ、情報が伝わらず混乱します。ましてや欠航すると情報は伝達されません。そのことが起因となって病気になるわけです。つまり染色体を研究することはあらゆる病気の原因を解明することにつながります。

<染色体工学研究センターは世界で唯一の存在>

本学の染色体工学研究センターは国内外に例のない世界で唯一の研究拠点です。ではなぜそのようなセンターが本学に、地方の鳥取県にあるのかと疑問に思われるでしょう。それは私自身が細胞工学から染色体工学の道を進み、多くの実績を積み重ね、また本学も医学部内に生命科学科を設置するなど実績と環境がいち早く整っていたからでしょう。そしてさらに学部横断的研究・トランスレーショナルリサーチを行うためにセンターが設置されました。<染色体工学研究センターは世界で唯一の存在>本学の染色体工学研究センターは国内外に例のない世界で唯一の研究拠点です。ではなぜそのようなセンターが本学に、地方の鳥取県にあるのかと疑問に思われるでしょう。それは私自身が細胞工学から染色体工学の道を進み、多くの実績を積み重ね、また本学も医学部内に生命科学科を設置するなど実績と環境がいち早く整っていたからでしょう。そしてさらに学部横断的研究・トランスレーショナルリサーチを行うためにセンターが設置されました。

 

<世界初、筋ジストロフィー患者由来細胞の遺伝子修復に成功>

 

本センターでは、染色体を通して様々な病気の原因を究明し、その治療方法を探求しています。染色体の働きを知ることにより、どの病気が染色体のどのような働きが劣ると発病するかがわかると、その治療方法もより実用化につながります。また染色体を研究していくことにより生物億年の歴史もわかりますから、これも病気の治療には大きな役割を果たします。そのような研究成果のひとつとして、世界で初めて、筋ジストロフィー患者由来の細胞の遺伝子修復に成功しています。

<iPS細胞を用いた遺伝子再生医療>

本研究の目標は、1)遺伝子搭載サイズに制限がなく、自立複製するミニ染色体であるヒト人工染色体(HAC)ベクターを用いて、がん化の危険性がない安全な患者由来iPS細胞を作製し、2)そのiPS細胞に、さらに1.治療用遺伝子、2.分化誘導用遺伝子、3.分化細胞分取用遺伝子を搭載したHACベクターを導入し、遺伝子治療・再生医療に役立てることである。本研究開発はiPS誘導および細胞の分化誘導に日本発のHAC技術(押村研究室)を用い、iPS技術(山中研究室)の融合により、世界をリードする遺伝子・再生医療のための新規治療戦略になると考える。具体的には筋ジストロフィー(DMD: Duchenne’s muscular dystrophy)および糖尿病モデルマウスを対照としてiPS細胞を用いた自己細胞治療に向けた基盤研究を行う。さらに上記ヒト患者由来の線維芽細胞からのiPS細胞の誘導・分化誘導を行い、モデルマウスを用いたin vivo系での治療効果を検証する

 

<染色体工学技術を用いたダウン症候群の発がん機構の解明について>

 【研究の背景・目的】

ダウン症候群は21番染色体トリソミーにより引き起こされる先天性疾患であり、白血病、心奇形、精神発達遅滞など多様な表現型を示します。中でも急性巨核芽球性白血病(acutemegakaryoblasticleukemia:AMKL)は非ダウン症児に比べ、ダウン症児に約500倍も高頻度に見られる病態です。ダウン症児に見られるAMKL(DS-AMKL)には、X染色体上の転写因子GATA1遺伝子に変異が見られ、GATA1遺伝子のN末が欠損したGATA1sタンパク質が発現しています。また、非ダウン症児のAMKLではGATA1変異が見られないことから、トリソミー21とGATA1変異がDS-AMKL発症の必要条件であると考えられています。現在のところ、「トリソミー21により、なぜGATA1変異が高頻度に誘発されるのか?」、「DS-AMKLを引き起こすヒト21番染色体上の原因遺伝子(群)は何か?」、についてはほとんど明かにされていません。このDS-AMKLの原因解明と有効な治療法・治療薬開発のためにはダウン症候群モデル細胞・モデル動物の作製が必要不可欠です。本研究の目的は独自に開発した染色体工学技術を用いて、新規のダウン症候群モデルマウスおよびモデルヒトES細胞を作製し、ダウン症候群に高頻度に見られるAMKLの発症メカニズムを解明することです。

  1. 染色体工学技術により様々なヒト21番染色体領域を持つ染色体断片を作製する。
  2. マウスやヒトES細胞に個別に導入することで、様々な部分トリソミーマウスやヒトES細胞を作製する。
  3. AMKLと遺伝子領域との関係を明かにする。
  4. 最終的には原因遺伝子の同定と発症メカニズムの解明を目指します。

【期待される成果と意義】

本研究で使用する人工染色体ベクターは、ヒトまたはマウス染色体に任意の改変を施し、それ自体を遺伝子導入ベクターとして利用するという新規のベクター系であり、導入可能なDNAの長さの制限がないなど、従来の遺伝子導入ベクターにはない多くの優れた特徴を備えています。従って、本研究で作製するヒト21番染色体導入モデルマウスやヒトESモデル細胞は独自のユニークなダウン症候群モデルマウス・モデル細胞になると考えられ、これまでのマウスモデル研究や患者由来細胞等を用いた研究では不可能であったDS-AMKLの症状に対応する原因遺伝子解明のための新たなツールとなることが期待されます。また、本研究によりDS-AMKLだけでなく、染色体異数性の発がんへの役割など、成人のがん発症機構の理解を深め、症状改善のための医薬品開発などに貢献することが期待されています。

ダウン症 MAC マウス 図

 Down 症患者細胞のMulti-colorFISH解析

down mFISH

 

 

<医薬品開発支援のための染色体工学技術によるヒト型薬物代謝モデル動物の作製について>

【研究の背景・目的・特徴】

一般的に新薬開発過程における薬物代謝・安全性試験は実験動物を用いて進められていますが、実験動物とヒトでは薬物代謝酵素やその関連因子の特性には種差があり、実験動物で得られた結果からヒトでの薬物代謝や安全性を予測できない場合が多いのです。したがって、薬物代謝関連遺伝子をヒトと実験動物で置き換えたヒト化動物は、ヒト特異的な薬物代謝や安全性を予測する上で大きな役割を果たすと考えられます。これまでに我々はMb(メガベース)サイズの遺伝子・複数の遺伝子が制限なく搭載可能な人工染色体ベクターの開発を試みてきました。ヒト特異的な薬物代謝に関わる、CYP遺伝子群、UGT遺伝子群、トランスポーター、転写因子、核内受容体などの遺伝子群を統合的にヒト化したマウスは作製されていないのが現状であり、従来技術の限界でもあります。本研究では、この課題を克服するため、前述の薬物代謝関連ヒト遺伝子群を人工染色体ベクターに搭載し、それぞれの人工染色体ベクターを保持するマウス系統を作製します。また、最終的には1つの人工染色体ベクター上に上述の全ての遺伝子を搭載した人工染色体ベクターを作製し、その人工染色体ベクター保持マウスを作製することで、薬物代謝に関しては90%以上がヒト化されたマウス系統を開発できるものと考えています。一方で、薬物代謝・安全性試験では、マウスよりもラットの方が使用頻度は圧倒的に多く、毒性に関する背景データもラットの方が豊富です。そこで、本研究では上述の人工染色体ベクターをラットにも適用し、ヒト型薬物代謝モデルラットを作製し、上述のマウスとともに医薬品の代謝・安全性試験へ利用する計画です。最終目標として、本研究開発モデルマウスおよびラットによる医薬品開発のスピードアップと成功確率の向上を目指します(図5参照)。

【研究の意義】

新薬の研究開発費が年々増加しているにも関わらず、上市される医薬品の数はむしろ減少しています。この要因には薬物動態プロファイルの種差、ヒト特異的毒性発現等が挙げられ、シーズ探索から非臨床試験を経て治験を実施するまでには膨大なコストと時間を要します。一方、上述のように非臨床試験成績のヒトに対する安全性予測への外挿が難しいため、臨床試験になって予期せぬ毒性発現や期待される薬効が認められないなどの理由から開発中止にいたるケースが少なくありません。医薬品開発のコストパフォーマンスを向上させることは製薬企業にとって必須課題であるだけでなく、国による産業育成上も非常に重要です。創薬プロセスの早い段階から効率的に創薬ターゲットを絞り込むための新規技術および試験系の開発が待望されており、本研究開発によりその課題を克服できるものと考えています。本プロジェクトの実施によって将来的に実現が期待される新薬開発の低コスト化、そして画期的な医薬品の創出は、ひいては国民医療費負担を減らすことにつながり、将来にわたって継続的にわが国の活力を維持し、ライフ・イノベーションの推進に貢献できると考えられます。さらに、上記効果に加え、サリドマイド事件など薬害防止を考えれば、一般社会への貢献は計り知れないものです。

 <図4>

 ヒト薬物代謝 マウス

 

<HAC/MACの限りない応用>

染色体工学技術は創薬、医療、安全性、様々な化合物や食品の機能性の探索に応用することができる。一つの樹(染色体工学技術)に様々な種類の知恵の実を実らせたい考えています。

HAC MACの限りない応用

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