細胞に遺伝子を導入するには、遺伝子工学によって単離された短いDNAが使われてきた。しかし短いDNAは細胞のなかに長く留まることができないので、いずれ消滅してしまうか、あるいは受容細胞の染色体上にランダムに取り込まれる。しかし染色体への取り込みは、導入したい遺伝子と受容細胞のいずれにも害を及ぼす可能性がある。取り込まれた遺伝子は、染色体上に並ぶ遺伝子の「文脈」の影響を受け、発現が抑制されることがある。一方受容細胞にとっては、外来遺伝子を取り込む染色体の場所が悪いと自身の遺伝子を壊してしまい、細胞死やガン化につながる危険性がある。現在ヒトの疾患に対する遺伝子治療には遺伝子を含む短いDNAが用いられており、この課題は未だ克服されていない。
 一方これまでの研究から、細胞に導入された染色体は宿主染色体とは独立して存在し、宿主の染色体を壊すことなく安定に維持され、なおかつ生理的な遺伝子発現が可能なことが明らかになってきた。染色体はいわば遺伝子を運ぶ天然の「乗り物」として理に適っている。しかし導入した染色体上には多数の遺伝子が載っているため、これらを持ち込むことによる副作用が懸念される。そこで染色体工学の手法を用いることで、遺伝子の「乗り物」として必要な部分だけを残し、そこに望みの遺伝子だけを導入できるようなヒト人工染色体の開発に着手した。
 現在までに不要な遺伝子を含まず、ヒトの細胞において安定に保持され、導入した遺伝子が長期間にわたり発現できる、第一世代のヒト人工染色体ベクターが構築できた。このヒト人工染色体ベクターの基本性能をさらに向上させると共に、1)生命現象や病気の原因解明、2)ヒト遺伝子治療への適用を目指した動物モデルでの基礎的検討、3)遺伝子導入動物の作製による医薬品などの生産、について研究を進めつつある。
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