• ライソゾーム病に対する薬理学的シャペロン療法の開発
  • 脳神経小児科の研究・業績を紹介いたします。

1)ゴーシェ病とは


  1. ゴーシェ病はライソゾーム加水分解酵素の酸性β-グルコシダーゼの遺伝子変異により生じる常染色体劣性遺伝性の先天代謝異常症で、わが国の発生頻度は33万人に1人とされる1)。血液学的異常(貧血、血小板減少)、肝脾腫、骨症状などの全身症状に加え、さまざまな神経症状(表1)を呈する場合があり、臨床的に非神経型と神経型に大別される(図1)。本邦では約60%が神経型である。

2)ゴーシェ病の治療


  1. 1996年より酵素補充療法 (Enzyme Replacement Therapy: ERT)が、2015年には基質合成抑制薬(Substrate Reduction Therapy: SRT)(エリグルスタット)が承認されたが、現時点で両者は中枢移行の問題から神経症状には無効とされる。従って神経症状をターゲットとした新規治療法の開発が待ち望まれており、我々はこの問題の解決策の一つとして、大野耕策名誉教授の代より薬理学的シャペロン療法の研究開発に取り組んでいる。



3)薬理学的シャペロン療法(Pharmacological Chaperone Therapy: PCT)


  1. 図2 ライソゾーム病におけるシャペロン療法の原理

    シャペロンとは他の蛋白質分子が正しい折りたたみ(フォールディング)をして機能を獲得するのを助ける蛋白質の総称である。ゴーシェ病では変異酵素の触媒能(基質を分解する力)はある程度残存するが、遺伝子変異により正常なフォールディングが障害される結果、小胞体関連分解を受け、酵素欠損に至る。そこで、不安定な変異酵素蛋白と特異的に結合し、フォールディングと安定化を促す機能を有する化合物(これらを薬理学的/化学的シャペロンまたはシャペロン化合物と呼ぶ)を投与し、酵素活性の復元を目指すのがPCTである(図2)。本療法のコンセプトは1995年に鈴木義之博士らによって最初に提唱され、血液脳関門を通過しうる低分子化合物を用いることで中枢神経障害の治療法として期待されている2), 3)

    ゴーシェ病におけるPCT研究は2002年にSawkarらがN370S及びF213I変異に対してN-ノニル-デオキシノジリマイシン(NN-DNJ)がシャペロン活性を示すことを報告したことに始まる4)。我々はN-octyl-β-valienamine(NOV)がN370SとF213I変異に加え、神経型を呈するN188S、G202R、T369M変異に対しても有効であることを見出し、NOVをマウスに経口投与した際に正常マウス脳内の酵素活性を上昇させることを明らかにした5),6)。現在、複数のシャペロン化合物が開発され、培養細胞系やモデル動物に対する有効性が報告されているが、近年の医薬品承認基準の厳格化などから臨床応用のハードルは高く、臨床応用されたものはいまだない。



4)ドラッグリポジショニングによるアンブロキソール塩酸塩を用いた
  ゴーシェ病に対するPCTの開発


  1. ドラッグリポジショニングとは、ヒトでの安全性・体内動態が証明されている既承認薬と一部の開発中止品の新しい薬理効果を発見し、その薬を別の疾患治療薬として開発(適応拡大)することで、新薬開発停滞の解消策として期待されている創薬ツールの一つである。

    ゴーシェ病においては、2009 年にMaegawaらがFDA承認薬ライブラリースクリーニングによってアンブロキソール塩酸塩がシャペロン化合物であることを見出した7)。これを受け、治療法がない難治希少神経変性疾患であるゴーシェ病の治療の早期実現のため、我々は培養系細胞、実験動物を用いた解析8)、既存の非臨床試験ならびに臨床研究などの過去のアンブロキソール塩酸塩の投与実績より、ヒトに対する投与量を設定した。2010年、鳥取大学医学部倫理審査委員会の承認取得の後、神経型ゴーシェ病患者5名に対して用量漸増によるアンブロキソール塩酸塩を用いたシャペロン療法の有効性と安全性に関する探索的臨床研究を実施した。本研究にて高用量アンブロキソール塩酸塩の高い忍容性、生化学的有効性(残存酵素活性の上昇と薬剤の髄液移行)に加え、全例で神経症状(ミオクローヌス、対光反射の潜時)の改善を認めた。特に治療開始時に介助にて数歩の歩行がかろうじて可能であった2症例において、ミオクローヌスの改善によって、再び独歩が可能となるなど運動機能およびADLの顕著な改善を認め、その治療効果は現在5年間に渡って持続している9)。この結果を受けて、さらに症例を追加して長期投与による安全性と有効性を多施設共同臨床研究で検証中である(2016年3月で新規エントリーは中止)。また、薬事承認取得を目指した医師主導治験を計画準備中である。



5)今後の展望と課題


  1. このようにアンブロキソール塩酸塩はこれまで有効な治療のなかった神経症状に対して、改善が期待できる。また、海外ではERTを受けていない1型(非神経型)に対するアンブロキソール塩酸塩投与の臨床研究にて貧血、血小板減少や臓器腫大の改善を認めた報告もあり10)、本治療法は今後ゴーシェ病の治療の選択肢の一つとなることが期待される。一方で、薬理学的シャペロン療法の限界として遺伝子変異特異性(患者の有する遺伝子型によって有効症例と無効症例がある)が知られており、アンブロキソール塩酸塩も同様である。より多くの遺伝子変異に対応するために、引き続き新規化合物の開発を行っている11)

    ドラッグリポジショニングは従来型の薬剤開発と比べ、時間や費用を抑えた迅速な開発を可能にするなど希少疾患に対する開発促進の一助となる。一方で、新効能の適応追加に当たっては、厳格な医薬品承認基準に耐え得る臨床・非臨床試験の実施に加え、ライセンスや知財、薬価などの現行のビジネスモデル構築上の問題点から、依然として非常に高いハードルがあることも否めない。近年行政側からもドラッグリポジショニングを施策として位置づけようとする動きが出てきており、今後この動きを加速していくためには産官学と患者ならびに国民一人ひとりが知恵を出し合い、協力していくことが必要不可欠である。



  1. 文献
  2. 1).大和田 操, 衛藤 義, 北川 照: わが国におけるGaucher病の実態. 日本小児科学会雑誌 104(7): 717-722, 2000
  3. 2).Okumiya T, et al. Galactose stabilizes various missense mutants of alphagalactosidase in Fabry disease. Biochemical and biophysical research communications 214, 1219-1224 (1995).
  4. 3).Fan JQ, et al. Accelerated transport and maturation of lysosomal alphagalactosidase A in Fabry lymphoblasts by an enzyme inhibitor. Nature medicine 5, 112-115 (1999).
  5. 4).Sawkar AR, et al. Chemical chaperones increase the cellular activity of N370S beta -glucosidase: a therapeutic strategy for Gaucher disease." Proc Natl Acad Sci U S A 99(24): 15428-15433 (2002).
  6. 5).Lin H, et al. N-octyl-beta-valienamine up-regulates activity of F213I mutant beta-glucosidase in cultured cells: a potential chemical chaperone therapy for Gaucher disease. Biochimica et biophysica acta 1689, 219-228 (2004).
  7. 6).Luan Z, et al. The effect of N-octyl-beta-valienamine on beta-glucosidase activity in tissues of normal mice. Brain & development 32, 805-809 (2010).
  8. 7).Maegawa GH, et al. Identification and characterization of ambroxol as an enzyme enhancement agent for Gaucher disease. The Journal of biological chemistry 284, 23502-23516 (2009).
  9. 8).Luan Z, et al. The chaperone activity and toxicity of ambroxol on Gaucher cells and normal mice. Brain Dev 35(4): 317-322 (2012).
  10. 9).Narita A, et al: Ambroxol chaperone therapy for neuronopathic Gaucher disease: A pilot study. Ann Clin Transl Neurol 3(3): 200-215 (2016).
  11. 10).Zimran A, et al. Pilot study using ambroxol as a pharmacological chaperone in type 1 Gaucher disease." Blood Cells Mol Dis (2012).
  12. 11).Mena-Barragan T, et al. pH-Responsive Pharmacological Chaperones for Rescuing Mutant Glycosidases. Angew Chem Int Ed Engl 54(40): 11696-11700 (2015).
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