適応生理学分野

Division of Adaptation Physiology

分野の特色

 適応生理学とは、生体内外の環境変化に対して生じる適応現象を解析し、健康増進や疾病予防に役立てる学問です。
 当教室では、種々のモデル動物を用い、神経生理(神経系の適応)、宇宙生理(無重力環境に対する適応)、循環生理(血液循環の変化・障害に対する適応)、運動生理(運動時の変化に対する適応)、を中心に研究をしています。

分野での主要な研究テーマとその取り組みについての説明

 (松尾)
微小重力が循環系に及ぼす作用
 宇宙に行きますと微小重力環境の影響で、体液が下半身から頭の方に向かって移動します。その結果、「宇宙酔い」や「顔のむくみ」が生じるといった問題が起こります。快適な宇宙旅行をするためには、そうした問題の原因を調べ、予防策を見つける必要があるのです。

感覚から運動情報への変換
 脳の情報処理の基本の一つは、感覚や記憶から運動情報への変換といえます。定位反応に興味があり、頭部・眼球運動を例に、脳の中でどのように情報処理が行われているか調べています。脳の働きの理解を目指すとともに、診断学に役立てたいと考えています。

リハビリテーション機器の開発
 運動中に起こる種々の生体反応を、体温調節(特に発汗)、循環調節、呼吸調節の観点から調べ、健康増進に最適な運動プログラムの開発を目指します。同時にリハビリテーション機器の開発を行っております。生体反応は、年齢によって大きく異なりますので、各々の体力に合ったオーダーメードのプログラムが必要です。

呼吸運動の調節
 脳の中で、呼吸運動の基本リズムはつくられ、生体内外の環境変化に応じて、呼吸の回数と深さは自動的に変化します。そのメカニズムについては、不明の点が多く、議論があるところです。脳幹呼吸性ニューロンの呼吸調節への関与について調べています。

前庭の機能
 内耳前庭からの情報は、頭部の位置覚や運動制御に関与するだけでなく、それ以外の脳の様々な領域に伝わります。前庭自律神経反射は古くから知られていますがその意義は明らかではありません。前庭の呼吸・循環制御における役割を検討し、重力が呼吸・循環機能にもたらす意義の解明を目指しています。

 

(井上)
 生体は、内外の多様な環境情報に対して適切に応答することで生命活動を維持し、また、環境に適応しています。この制御機構が破綻して恒常性を維持できなくなってしまうと、様々な疾病が誘発されてしまうこともあります。私たちは、この環境応答を制御する機構を包括的に理解することを目指しています。
 環境応答は、分子、神経細胞、神経回路、脳、個体などの複数の階層によって制御されています。私たちは、この複数の階層からなる環境応答の制御機構や生理過程を1つのシステムと捉えて、先端的解析技術を駆使して体系的に解析しています。

新規モデル動物 〜プラナリア〜
 環境応答を制御するメカニズムを分子レベルから個体レベルまでを体系的に解析するために、私たちはモデル生物を独自に開発しました。
 体をどんなに切られても、再生できる不死身の生き物として知られているプラナリア。実はプラナリアには、もう1つ重要な特徴があります。それは、プラナリアが進化上初めて集中神経系を獲得したと考えられている動物ということです。自動車やコンピュータが、単純な荷車や計算機からバージョンアップを繰り返して徐々に現在のかたちに近づいたように、ヒトの複雑な脳もシンプルな脳から徐々に進化してきたと考えられます。つまり、脳の基本的なしくみを理解するためにプラナリアは適しています。
 プラナリアがもつ脳は、シンプルな構造ですが、体細胞の約15%もあり、細胞や分子レベルでみてみると、ホ乳類と驚くほどよく似ています。また、プラナリアは多様な環境情報に対する応答を再現性よく示すため、個体の行動を詳細に定量化することが可能です。加えて、RNA干渉(RNAi)による遺伝子機能阻害実験が容易に行えます。そのため、分子から個体レベルまでの一連を体系的に研究することができるのです。
 これらの手法を組み合わせることで、私たちはこれまでに光、匂い、温度といった環境情報に対する応答行動に関わる感覚受容体分子および受容体で受け取った情報を処理する神経回路を同定してきました。これらの制御機構の基本的なしくみはヒトと共通していると考えられるため、ヒトの疾患の原因を探るための研究の基礎となり、健康維持や疾病予防に資することが期待されます。

様々な生理機能を統合して環境に適応するしくみ 〜機能と形態〜
 生体の生理機能は多様です。1つの生体の中にある様々な生理機能も統合されて、調整されています。しかし、その調節機能の大部分は未解明のままです。そのヒントは「形態」にあると私たちは考えています。実際に、形態の違いが複数の環境応答における効率の違いをうみだすことを最近私たちは発見しています。
 「Form follows function(形態は機能に従う)」とは、建築家のルイス・サリヴァンの言葉ですが、生き物の身体こそ形態と機能は不可分といえるでしょう。そして、形態と機能の両側面から解析していくことで、生理機能のしくみを明らかにできると考えています。

スタッフ

教 授  松尾 聡
准教授  井上 武
助 教  Ezomo Felix Ojeiru

 電話番号

TEL 0859-38-6043

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